研究課題/領域番号 |
19K06876
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研究機関 | 東海大学 |
研究代表者 |
高雄 元晴 東海大学, 情報理工学部, 教授 (90408013)
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研究分担者 |
小崎 智照 福岡女子大学, 国際文理学部, 准教授 (80380715)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 網膜 / 内因性光感受性網膜神経細胞 / メラノプシン / 時計遺伝子 / 錐体視細胞 / 網膜電図 |
研究実績の概要 |
ヒトの概日リズムに配慮し、健康快適な住生活を促すいわゆるサーカディアン照明技術は、高雄らによる概日リズムの光同調の生起に関与する網膜の光受容際細胞の発見に端を発する。この細胞は視物質様タンパク質・メラノプシン(melanopsin)を含んでおり、網膜内から単離しても光受容が可能であったことから内因性光感受性網膜神経細胞(intrinsic photosensitive retinal ganglion cell)と名付けられた。この発見は生物学分野のみならず、照明工学の分野にも大きなインパクトを与えた。 現在、サーカディアン照明機器の分光波長の最適化は、概日リズムの光同調に関わる内因性光感受性網膜神経節細胞のみの分光波長感度を想定した数理モデルにもとづいて行われている。しかし、研究代表者の高雄らは内因性光感受性網膜神経節細胞へ双極細胞を介した錐体視細胞からのシナプス入力が存在し、錐体視細胞への光刺激によって同細胞の光反応の増強効果が存在することをマウスとヒトで見出している。一方で錐体視細胞にはCLOCKなどの時計遺伝子が発現しているとともに、光反応性が一日のうちで朝・昼・夜で変化することがヒトとマウスで高雄らを含む複数のグループの研究で明らかになっている。本研究はヒトとマウスにおいてこの光反応の増強効果が錐体視細胞の時計遺伝子の作用によって一日の時間帯によって変化することを明らかにする。これらの結果は、現在の数理モデルの再考を促すもので、本研究で得られる知見は時計遺伝子を介した錐体視細胞と内因性光感受性網膜神経節細胞の間の神経回路調節機構と、ヒトにおける同細胞の多波長光刺激に対する感度の時間依存特性を詳細に解明することにより、真にヒトの健康の増進に寄与する照明機器の開発に大きく貢献することが期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
これまでの高雄および小崎らの研究により、ヒトおよびマウスの内因性光感受性網膜神経節細胞の時間分解能に関して錐体視細胞に比べてもかなり高いことを報告してきた。内因性光感受性網膜神経節細胞の時間分解能に対する錐体視細胞の概日リズムの影響についてまず明らかにするに際して、本年度はマウスの内因性光感受性網膜神経節細胞の時間分解能に関する詳細な検討を錐体視細胞を欠失させた剥離網膜で行った。具体的には内因性光感受性網膜神経節細胞が最も高い分光感度を有する480nmの狭域波長光のON・OFFのduty比を変化させながらsteady-stateで、少数の内因性光感受性網膜神経節細胞の集合電位であるmicroERGを記録したところ、同細胞の時間分解能はduty比に非依存的であることがわかった。一方で正確な時間を定めて実験を行わなかったものの、午前中の記録と夕方の記録では違いが認められなかった。この結果から、内因性光感受性網膜神経節細胞の時間分解能は概日リズムにかかわらず一定であることがわかった。実際、マウス網膜における免疫組織化学的研究で時計遺伝子は錐体視細胞にのみ発現していることが報告されており、内因性光感受性網膜神経節細胞には発現していないと考えられる。また、ヒトを対象とした内因性光感受性網膜神経節細胞の時間分解能に関する検討では、非侵襲的手法として眼下皮膚上に装着した電極を用い、異なる周波数の点滅光に対する網膜電位を記録した。この結果、点滅周波数の低い場合には長波長ならびに短波長の両方の光に対して同調した網膜電位が確認された。しかし、それよりも高い周波数では短波長の光に対して同調した網膜電位が確認された。内因性光感受性網膜神経節細胞は短波長に感受性が高いことが知られていることから、ヒトの内因性光感受性網膜神経節細胞も錐体視細胞より高い時間分解能を有することが示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
視細胞層および網膜色素上皮を保った剥離網膜標本を用いて網膜電図成分microERGを指標に同様の実験を眼盃標本において3時間おきに行い、グルタミン酸受容体ブロッカーを含んだAmes培養液灌灌流下において時計遺伝子を発現しない内因性光感受性網膜神経節細胞からのみ記録した光反応とグルタミン酸受容体ブロッカーを欠いたAmes培養液灌流下で時計遺伝子を発現する錐体視細胞由来のシナプス入力が存在する内因性光感受性網膜神経節細胞から記録した光反応の差分から光反応増強効果の概日リズム依存性を明らかにする。なおグルタミン酸受容体ブロッカーのウォッシュアウトは可能であり、2回程度の繰り返し実験なら問題はなく、しかも眼盃標本を最低6時間の間、生理学的に正常に安定して維持することに成功している。データの解析は1眼あたり最低連続2回記録したデータを集積し、各時間の比率データとして解析する。一方で錐体視細胞における時計遺伝子の発現に関しては上記の時間にそれぞれ採取したマウス網膜において免疫組織化学を行い、定性・定量的に錐体視細胞にCLOCKやBMAL1などの時計遺伝子の発現が特異的に増減していることを確かめる。ヒトの網膜電位に関する本年度の結果として、高周波点滅の場合、主に短波長の光に対して同調した網膜電位が観測されたものの、若干名の被験者において長波長に対しても同調した網膜電位が観測された。これは高周波の点滅光に対して内因性光感受性網膜神経節細胞だけでなく錐体視細胞も応答した可能性を示唆する。錐体視細胞の感受性には時計遺伝子が関係することが示唆されており、本年度は各被験者の概日リズムを精密に制御していなかった。つまり、異なる概日リズム位相では錐体視細胞の時間分解能が変化した可能性がある。そこで、次年度では各被験者の概日リズム位相を統制し、異なる概日リズム位相上で網膜電位測定を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
実験に使用する消耗品に関して、安価なものを使用するよう努力したところ次年度に使用できる金額が発生したため。
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