研究課題/領域番号 |
19K06885
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
細川 智永 京都大学, 医学研究科, 特定研究員 (30602883)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | シナプス可塑性 / シナプス / 長期増強 / 液液相分離 |
研究実績の概要 |
シナプスの可塑性は様々な脳機能の根源であり、同時に疾患を生み出す脆弱性の元にもなっている。学習と記憶は一時的な情報を脳内に固定化しその状態を永続的に維持する機能であり、これもシナプス可塑性によるものだと考えられている。シナプスの情報伝達効率は伝達物質受容体の振る舞いによって決定されており、ひいてはその数やシナプス局在を決定する因子の研究が進んできた。近年の超高解像顕微鏡の発達により、シナプス蛋白質はシナプスの内部でさらに集合体を形成し特定の蛋白質同士が区画化されており、効率的な情報伝達を実現していることが分かってきた。さらにその集合体の形成はシナプス活動に伴うカルシウムイオン流入に依存的に行われており、シナプスの可塑性のメカニズムの一つであると注目されている。しかしながら、シナプス蛋白質が自発的に集合体を形成したり離散したりするメカニズムは不明だった。 液-液相分離(LLPS)は液体の中に液滴が形成される現象であり、核酸や蛋白質の集合体が細胞質の中に液滴として形成されるメカニズムとして注目されている。個体として形成される凝集体とは異なり、このLLPSの集合体は液体としての性質を兼ねそろえており、シグナルや環境の変化に応じて集合や離散を行なっている。我々はこれまでに、カルシウム依存性キナーゼがシナプス蛋白質の一つであるNMDA受容体とLLPSの液滴を形成することを明らかにした。本研究では、こういったカルシウムシグナル依存的なLLPSの形成と離散がシナプス可塑性の本質であると位置づけ、in vitroでLLPSの形成と離散を再現することでシナプス可塑性を理解する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
大腸菌から精製したCaMKIIとNMDA受容体サブユニットNR2Bを混合し、カルシウムイオンを添加し、共焦点顕微鏡で観察したところ、~10umの液滴がカルシウムイオン依存的に観察された。この液滴はカルシウム濃度が高い間は維持されているが、EGTAを添加しカルシウム濃度を下げると崩壊した。しかしながら、CaMKIIのキナーゼとしての役割を鑑み、ATPを加えた条件下で同様の実験を行ったところ、カルシウム濃度を下げても液滴が維持された。このことは、エネルギーを利用して一時的な情報を固定するという学習能力と一致している。次にこの液滴の形成と維持の機構を調べた。CaMKIIが単量体となる変異体とリン酸化できない変異体を用いて同様の実験を行ったところ、前者では液滴が形成されず、後者では液滴の維持が出来なかった。これらの結果から、液滴の形成はCaMKIIの12量体構造が重要であり、液滴の維持にはCaMKIIのキナーゼ活性が重要であることが分かった。次にこのLLPS形成の生理的意義を明らかにするため、AMPA受容体と足場蛋白質PSD-95の存在下でCaMKIIとNR2BのLLPS形成を誘導したところ、AMPA受容体とPSD-95がCaMKIIとNR2Bの液滴の内部に閉じ込められるような区画化された内部構造が観察された。このことは実際のシナプスの蛋白質が区画されていることと一致しており、本研究はこの区画化が成立する機構を示した初めての報告である。 これらの結果を論文としてまとめ、一流紙に投稿した。
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今後の研究の推進方策 |
本研究はシナプス蛋白質の区画化が発生する原理を明らかにしたが、その詳細なメカニズムはまだ記述できていない。また実際のシナプスには数百種類の蛋白質があるがin vitro再現した蛋白質の数は数種類に過ぎない。これからは再現する蛋白質の数を増やしつつ、詳細なメカニズムを把握していきたい。 In vitroの結果が実際のシナプスでコンシステントか確かめるために、超高解像顕微鏡による観察を導入している。In vitroの結果と同様に、active synapseではAMPA受容体とNMDA受容体のナノドメインが区画化されており、かつその区画化がCaMKIIの阻害剤によって崩壊することを確かめている。同様の実験を他のシナプス蛋白質で行うことでシナプスの構造とシナプス機能の構造機能相関を明らかにしていく。 シナプスの可塑性には情報伝達効率が可塑的に増強する長期増強と可塑的に減少する長期抑圧が存在する。本研究ではこれまでに長期増強の分子メカニズムを明らかにしてきたが、長期抑圧の方はほとんどわかっていない。本研究のモデルで説明するならば、長期抑圧とは蛋白質集合体の離散および区画化の崩壊である。我々はいままでにCaMKIIに結合しNR2Bとの結合を競合阻害する因子camk2n1を同定した。CaMKIIとNR2Bの液滴を形成している溶媒にCamk2n1をインジェクションすると、液滴が速やかに崩壊した。またAMPA受容体とPSD-95が内部構造に区画化されている状態で同様の実験を行うと、内部の区画が解放されていく様子が観察された。本研究ではこの現象を長期抑圧のメカニズムのモデルと捉え、研究を進めていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
COVID19の影響により予算執行の一部に変更が生じた。来年度は研究計画を早めることで調整する。
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