非日常的な強いストレス体験後に発症する心的外傷後ストレス障害(PTSD)が現在、精神保健的ならびに社会的な問題となっている。PTSDでは、トラウマ体験時の音や匂いなどの感覚刺激と恐怖との連合記憶が一ヶ月以上経っても強いレベルで維持され、それがPTSDの主な症状である侵入記憶や過度な回避行動、不安を引き起こす手がかりとなることが知られている。しかしながら、PTSDの原因となる過剰な遠隔恐怖記憶を引き起こす脳内機構はほとんど不明である。これまで我々はストレス制御に関わるグルココルチコイド受容体(GR)を扁桃体外側核(LA)選択的に欠損させたマウス(LAGRKO)を作製し、音依存的恐怖条件付け28日後の遠隔恐怖記憶がコントロールマウスに比べ有意に増強されることを見出した。本年度では、過剰な遠隔恐怖記憶の形成に関わる神経回路の変化を明らかにするためTet-onシステムを用いて、恐怖条件付け時に形成される記憶痕跡細胞をラベルし、これらの細胞が遠隔恐怖記憶の想起にどの程度関与するかを検討した。その結果、コントロールマウスに比べLAGRKOマウスでは遠隔恐怖記憶の想起を担う記憶痕跡細胞が恐怖条件付け時に内側前頭前野(mPFC)で有意に多く形成され、逆に聴覚皮質(AC)では有意に少なく形成されることを明らかにした。これらの結果から、mPFCとACにおける記憶痕跡細胞の出現、変遷過程の変化が過剰な遠隔恐怖記憶の形成に関与する可能性が示唆された。
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