研究課題/領域番号 |
19K06911
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研究機関 | 埼玉医科大学 |
研究代表者 |
周防 諭 埼玉医科大学, 医学部, 講師 (20596845)
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研究分担者 |
坪井 貴司 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (80415231)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 性差 / 行動 / C. elegans / 神経伝達物質 / 性行動 |
研究実績の概要 |
行動の性差は動物が効率的に交尾し繁殖するために重要であるが、性特異的な行動制御の神経メカニズムについては不明な点が多い。本研究では、行動制御の性差とその神経基盤を明らかにすることを目的とする。近年我々は、線虫C. elegansには精子と卵子両方を作る雌雄同体とオスが存在するが、オスは雌雄同体よりも自発的な運動量が高いことを明らかにした。自家受精できるために交配相手を探す必要のない雌雄同体は餌から離れずじっとしており、子孫を残すために交配相手を見つける必要のあるオスは餌のある領域の内外を探索するという合理的な性差がこの自発運動量の違いにより生まれる。精子の形成に異常のある変異体を調べた結果、精子を作ることのできない雌雄同体(実質的なメス)は、通常の雌雄同体よりも運動量が増加していることが明らかとなった。さらに、精子を作ることができない雌雄同体をオスと交配させ、雌雄同体の体内に精子が供給されると、自発運動量は減少した。また、C. elegansの近縁種には、オスとメスの性の種が存在する。これら近縁種のメスは、C. elegansの雌雄同体よりも運動量が大きいが、オスと交配すると運動量が減少した。以上の結果より、線虫のメス(と雌雄同体)では体内の精子量により運動量が調節されていることを明らかにした。 オスは雌雄同体に触れると、尾部を触れたまま雌雄同体の周りを回り、生殖器を探す。この際、雌雄同体が頻繁にオスから逃げることが報告されているが、この性特異的行動を定量的に解析する方法は確立していない。本研究では、ビデオ撮影と画像解析により、オスが触れた時の雌雄同体の速度変化を測定する系を作出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度は、新型コロナウイルスの影響で長期間の連続した実験を行うことが困難であった。そこで、限定的な予備的実験とそのデータを使って、新しい行動解析系の開発を行った。線虫C. elegansでは、オスが雌雄同体に触れると、尾部を触れたまま雌雄同体の周りを回り、生殖器を探す。この際、雌雄同体は頻繁にオスから逃げることが報告されている。若い雌雄同体は特にオスから逃げるが、高齢の雌雄同体ではあまり逃げないことなどから、この忌避行動は雌雄同体が相手を受け入れるかどうかの判断によるものであると考えられている。しかし、この性特異的行動を自動的・定量的に解析する方法は確立しておらず、この行動の制御機構は全く分かっていない。そこで、ビデオ撮影と画像解析により、オスが触れた時の忌避行動を測定する系を作成することにした。オスと雌雄同体1匹ずつをプレートに乗せ、その行動を録画し、Pythonで作成した画像解析プログラムによりオスと触れた後の速度変化を測定することができるようになった。この系を用いた予備的実験の結果では、雌雄同体内の精子の有無により、忌避行動が変化することが示唆されている。さらに、雌雄同体が単独で存在しているときの自発運動についても、体内の精子が影響を及ぼすことを明らかにしている。精子を作ることのできない変異体の雌雄同体(実質的なメス)では、通常の雌雄同体よりも運動量が増加していた。さらに、精子を作ることができない雌雄同体をオスと交配させ精子が供給されると、自発運動量は減少しており、体内の精子量により運動量が調節されていることを明らかにした。 以上のように新しい実験系を確立したり、性特異的行動への精子量の影響を明らかにしたりしたが、その作用の神経メカニズムの解析には至っていない。従って、やや遅れていると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの結果から、雌雄同体の自発運動およびオスからの忌避行動には体内の精子が関与していることが明らかになっている。しかし、生殖器官内にある精子の情報が運動を制御する神経系にどのように伝達され、神経系にどのような変化をもたらすか不明である。今後は、精子による性特異的な行動変化のメカニズムの解析を行う。まず、精子の発達とシグナルに関わる様々な遺伝子の変異体を解析することで、精子の何が行動を変化させるかを明らかにする。さらに、既に体細胞において精子によるシグナル伝達に関わる因子がいくつか同定されている。精子が放出するMSPというタンパク質の受容体が生殖器官Gonadに存在し、その運動を制御することが報告されている。他にも、雌雄同体の精子が寿命に関与しており、その制御にはインシュリン様因子が働く。それら因子についても変異体の解析を行う。次に、様々な神経伝達物質や受容体の変異体の解析を行い、神経細胞においてこのシグナル伝達に関わっている因子を明らかにする。また、精子形成異常の雌雄同体についての遺伝子発現解析を行い、精子によって調節される遺伝子の中から候補を選定し、これらについても変異体の解析を行っていく。このように多数の変異体を解析していくが、行動の調節に異常の見られるものに関しては、細胞特異的レスキュー実験などを行い、これらの因子が働く場所を明らかにして性特異的な行動制御に関わる神経回路を明らかにする。 また、オス忌避行動には、雌雄同体の精子以外にも、雌雄同体側あるいはオス側で忌避行動を調節している要因があると考えられる。様々な条件の雌雄同体やオスをこの系で試験することで、雌雄同体によるオスの受け入れの決定に関わる新たな因子を探索する。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は、新型コロナウイルスの影響で長期間の連続した実験を行うことが困難であった。特に、高コストで規模の大きい実験を連続して行うことができず、低コストな行動実験やパソコンでの画像解析系の開発に時間を費やした。このため、予定通り実験が行われず、次年度使用額が生じた。2021年度も実験に制約があることが予想されるが、本年度よりは多くの実験を行い当初の計画通りに使用できるものと考えられる。また、これまでの解析から、精子の有無による遺伝子発現の変化を解析する必要が出てきた。遺伝子発現解析を受託で行うこととし、この実験に50万円程度を使用する予定である。さらに、実験に制約があるなかで研究の遅れを取り戻すために、次年度使用分を使用して、形質転換株の作成などでは受託実験を有効に活用していく。研究の進捗状況によっては、研究期間の延長を申請し、次年度使用分を用いて延長された期間に継続して実験を行うことで予定通り、あるいはそれ以上の成果を成果をあげるられるようにする。
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