研究課題/領域番号 |
19K06912
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研究機関 | 東京女子医科大学 |
研究代表者 |
堀 沙耶香 東京女子医科大学, 医学部, 講師 (20470122)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 行動最適化 / 行動選択 / シナプス発生 / 神経回路形成 / 神経生理 / 行動生理 / 生理学 |
研究実績の概要 |
「行動最適化」とは、生物が自身の置かれた環境や状況に応じて、最も適した行動を取ることである。中でも、身体にダメージを負うリスクが高い有害な刺激に対しては、その強さによって行動を変えることは重要である。なぜなら、失敗は命の危機に直結するからである。そのため、多くの動物は、刺激の強さに応じて、様々な逃げ方を見せる。本研究は、この重要な生存戦略の「逃げる行動の最適化」が、脳(中枢神経)の1つの細胞の中で、どのように処理されているかを知ることを目的とする。 「脳(中枢神経)の1つの細胞で、刺激の強さをどのように受け取り、次の神経に出力するか?」は重要な課題であるが、詳しいことはまだわかっていない。申請者は、これまでに、実験動物としては唯一、全ての神経どうしの繋がりが明らかにされている線虫(C. elegans )を用いて、行動最適化の精度を観察する新しい解析系を確立し、unc-130遺伝子(ヒトにも似た遺伝子が存在する)が機能を失うと、強い刺激でも弱い刺激かのような行動に変わる「感覚鈍麻」が生じることを発表してきた。当該年度において、申請者は、この原因が、行動最適化の中枢となる1つの神経細胞の中で、情報入力の中心的役割を担う神経伝達物質の一種、グルタミン酸受容体の発現が低下していることを示した。さらに、この神経から、次の神経に情報を伝える機能も低下していることを示唆した。 行動の最適化は、長年、人間の心理学分野で研究されてきたが、近年は「神経経済学(ニューロエコノミクス)」と呼ばれる研究分野も確立し、基礎研究と応用研究を橋渡しする重要な研究テーマとなった。本研究が目的とする、行動の最適化を担う「1つの神経」における、「シナプス」の機能を網羅的に解析した例はない。情報の入出力の全体像を理解しようとする試みは画期的であり、今後も最新の知見が得られると期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画通りに、おおむね順調に進行している。シナプス出力低下に関しては、計画通りに一般的なシナプス小胞形成、分泌に関わる遺伝子群の発現を解析済みだが、結果として、軒並み影響が見られないという予想外の成果が得られた。これに関しては、現在、他のシナプス出力低下の要因となりうる要素(例えば、電位依存性カルシウムチャネルの発現変動)の絞り込みを進め、解析を行っている段階である。 一方で、unc-130と同時に解析する予定だったfkh-9遺伝子に関しては、行動表現型が見られた遺伝子変異体が染色体リアレンジメント株だったことが判明した。新たに、fkh-9のみを機能欠損した変異株を作成したところ、行動最適化異常は再現されず、以前の結果は染色体リアレンジメントによる表現型であったと判断された。そのため、当該当年は、fkh-9遺伝子についての解析は、ここまでで中断することに決定した。
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今後の研究の推進方策 |
申請書の計画手順:2. 二重変異体のAIB神経では、プレシナプスの構築は全て正常か?、3. AIB神経の一部のシナプス欠損で、逃避回路の神経応答がどのように変わるか?について、解析を行う。 具体的には、2. として、AIB神経をチャネルロドプシン2で人為的に興奮させ、ターンの誘発を確認する。unc-130 遺伝子欠損株との交配株も作成し、結果に変化があるかを観察する。3.として、AIB神経の上流の神経回路に位置する抑制性のAIA神経をヒスタミン依存性クロライドチャネルで抑制し、ターン頻度とAIB神経応答を観察する。unc-130 遺伝子欠損株のAIB神経は、刺激に対する抑制性のカルシウム応答と、刺激終了直後に起こる興奮性のカルシウム応答が両方低下している。AIA神経の抑制によって、刺激中、および、刺激後の応答のいずれに変化が生じるかを解析する。なお、3. に関し、当初の計画には含まれていない電位依存性カルシウムチャネルの発現変動を追加する。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究室の引っ越しのため、予定の大型備品の購入を2020年度に先延ばしした。また、引っ越しおよび年度末からのコロナウイルス対策のため、その間の実験が予想外に減ったため、次年度使用額が生じた。ただし、研究計画自体は、共通機器を借りるなど工夫し、おおむね予定に沿って順調に遂行している。
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