脊椎動物網膜の視覚情報処理機構が内外の環境に依存して変化するか否かを検討するために、出力細胞である網膜神経節細胞(RGC)のスパイク発火に着目した。まず、マウスの上丘表層にトレーサーを微量注入してRGCを逆行性に蛍光標識し、RGCの細胞形態から24のサブタイプに分類した。眼球運動を模した広領域の動画刺激に対する応答をマルチ電極法やパッチクランプ法で記録したところ、キンギョ網膜の一過性ON型RGCでは受容野特性がダイナミックに変化したが、マウス網膜で類似した応答特性を示すRGCでは今までのところ受容野特性の顕著な変化は見いだされていないため、実験を継続中である。 網膜の内部状態を変化させるために遺伝子改変マウスの網膜を用いて、RGCのスパイク発火パターンを調べた。ON型双極細胞に発現するTrpm1チャネルを欠損させると、網膜構造はほとんど変化していないにも関わらず、RGCに異常な周期的スパイク発火が認められた。この周期的スパイク発火はRGC自体ではなく、OFF型RGCでは抑制性シナプス入力、ON型RGCでは興奮性シナプス入力によって発生することが明らかとなった。また、外境界膜に局在する細胞接着関連遺伝子を欠損させると、ほぼ視細胞層に限局した構造異常が生じ、一方、細胞極性関連遺伝子を欠損させると網膜全層で構造異常が生じた。しかし、それぞれの網膜で、RGCから異常な周期的スパイク発火が記録された。欠損させた遺伝子の種類によって網膜構造の乱れに大きな差異があったにもかかわらず、いずれの網膜回路網においてもダイナミクスが変化してRGCから異常な周期的スパイク発火が生じるという現象が明らかになった。
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