研究実績の概要 |
記憶の固定化には、内側嗅内皮質(MEC)と外側嗅内皮質(LEC)を介した海馬から大脳新皮質への海馬出力路が重要な役割を果たすと考えられている。どのような神経基盤が記憶の固定化に求められるのか明らかにするため、本研究ではMECとLECが形成する海馬出力路の詳細な回路構成の同定を目指した。 特に着目したのが嗅内皮質V層であり、神経回路トレーシング法と光遺伝学を用いた神経回路マッピング法により、Vb層ニューロンの局所回路(Ohara et al., eLife, 2021)、及び海馬-嗅内皮質投射路の構造を齧歯類(マウス・ラット)において調べた。さらに、Ⅱ層に分布するカルビンジン陽性細胞の投射様式も調べた(Ohara et al., Front Sys Neurosci, 2019)。これら一連の研究により、これまでMECとLECで類似するとされてきた回路構成が2領域間で大きく異なり、MECよりLECが海馬から大脳新皮質への情報伝達を効率的に中継する回路を形成していることが明らかになった。この結果は、MECよりLECが記憶固定化に重要な役割を果たすことを示唆している。 さらに、齧歯類に加え、サルの嗅内皮質においても解剖学的研究を進めた。具体的には、細胞種特異的な分子マーカーと逆行性トレーシング法を用いた層構造解析を行い、サル嗅内皮質における細胞種特異的な層構造地図を作製した(Ohara et al., Front Neural Circ, 2021)。嗅内皮質の層構造をサル、ラット、マウスで比較した結果、齧歯類のMECに相当する領域が種間で類似している一方、LECに相当する領域のV層構造はサルと齧歯類で異なることが明らかになった。この結果は、進化と共に複雑性を増したLECが、霊長類のエピソード記憶形成において重要な役割を担う可能性を示唆している。
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