海馬歯状回顆粒細胞層下層では、発達後も顆粒細胞が産生され、成体においても神経回路の再編が行われている。「成体海馬神経新生」といわれるこの現象は、環境やストレス、薬物などの外界情報の影響を受ける。近年は、抗認知症薬メマンチンによる海馬の神経新生促進が抗認知症作用に関わっている可能性が報告されているが、その詳細は不明である。これまでに我々は、コンドロイチン硫酸が海馬の神経新生を促進する可能性を報告していることから、メマンチンが海馬神経新生を促進する作用機転として、コンドロイチン硫酸が関与する可能性を検討した。 実験では、海馬の神経新生が低下している加齢オスマウスを使用し、メマンチンの腹腔内投与を行った。海馬歯状回の新生ニューロンの密度はメマンチン投与マウスの方が生理食塩水投与マウスよりも高いことを確認した。次に、WFAを用いて海馬のコンドロイチン硫酸のレクチン標識を行い、組織学的検討を行ったところ、メマンチン投与マウスの方がsaline投与マウスよりも海馬のコンドロイチン硫酸量が多い可能性が示唆された。また、メマンチン投与マウスでは、コンドロイチン硫酸の合成に関わる酵素群の遺伝子発現が増加していた。さらに、恐怖条件付け試験を指標とした行動実験の結果、メマンチン投与マウスの方がsaline投与マウスより記憶の保持機能が優れていることを見出した。最後に、コンドロイチン硫酸分解酵素 (コンドロイチナーゼABC) を海馬に注入したマウスに、メマンチンを腹腔投与したところ、神経新生の促進や恐怖記憶の保持機能向上は認められなかった。以上の結果は、メマンチンの抗認知症作用には、コンドロイチン硫酸量の増加を作用機転とする海馬神経新生の促進が関与している可能性を示唆している。
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