哺乳類の脳では学習・記憶などの刺激頻度依存的に樹状突起スパイン(dendritic spine)の消長が起こり,この変化が脳の可塑性に重要と考えられている。スパインの数,形態は非常に多くの種類の遺伝子発現,環境要因や神経活動に依存して制御されており,自閉スペクトラム症(ASD)などの知的障害や統合失調症等の精神疾患ではスパイン密度の変化や異常な形態変化が脳機能障害につながると考えられるが,その分子基盤は不明な点が多い。我々が神経系前駆細胞に発現する新規遺伝子として同定したinka2 はアクチン骨格再編成を促し,細胞のフィロポディア形成を促進する。生後のシナプス形成期のニューロンでInka2 mRNA発現は急速に上昇し,成体脳では前脳領域の海馬・大脳皮質ニューロンに限局して発現することを見い出した。Inka2の生体機能を明らにするため、inka2 KOマウスを作製し大脳皮質のシナプス構築を各発達時期でゴルジ染色を行い解析した結果、ニューロン、特に大脳皮質V層錐体細胞の樹状突起スパインの形態、密度の低下、異常シナプスの増加が出生後早期から見られた。さらに免疫沈以降や細胞への強制発現による解析から、Inka2はiBOXドメインでPAK4のキナーゼドメインと直接結合し,キナーゼ活性を抑制することを明らかにした。PAKはRho GTPaseシグナルの主要なエフェクターであるセリン・スレオニンキナーゼでありアクチン骨格再編成を制御することによりスパイン構造変化とシナプス可塑性に深く関係する。Inka2 KO大脳皮質ではPAKシグナル下流のLIMキナーゼの活性化とコフィリンのリン酸化レベルが顕著に亢進しアクチン骨格の過剰な安定化が起きていることが明らかとなった。
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