研究課題
神経細胞は軸索および樹状突起という2種の長い突起を介して神経回路を形成し、記憶、学習、認知など高次脳機能を可能にしている。軸索や樹状突起の末端には、他の神経細胞との情報交換に機能する膜タンパク質などが配置されている。それらは主に神経細胞体で生合成され、小胞輸送によって突起内を機能する場所へと運ばれていく。正常な神経活動を維持するためには、シグナル分子などを遠方の正しい場所へ、必要な量だけ輸送することが必要である。それにはエンドソームなどの小胞輸送が関わっている。小胞の輸送は低分子量GTPaseであるRabによって制御されている。これまでのRabの研究は主に極性のない株化培養細胞で行われており、神経細胞のような極性があり、しかも、輸送距離が長い細胞についての知見は少ない。特に、それぞれのRabがどのように制御されているかは、殆ど判っていない。我々はRab11というリサイクリングエンドソームの輸送を制御する因子LMTK1を見つけ研究を行なっている。最近、LMTK1は神経細胞の軸索、樹状突起、スパインの形成、維持に必要であり、脳の高次機能制御にも関わっていることが示唆された。本研究は、LMTK1の活性制御、神経機能、および、脳機能における役割を明らかにする目的で行っている。本年度では、LMTK1がRb11を制御する仕組みについて調べ、TBC1D9BというRab11 GAPを介して制御していること、LMTK1の二つのアイソフォームの細胞機能における違いを検討し、LMTK1Bは小胞体とゴルジ体間の小胞輸送にも関わっていること、LMTK1ノックアウトマウスを用いて学習、記憶に対する影響などについて解析し、記憶の維持に若干の障害が見られることを明らかにした。
2: おおむね順調に進展している
(1)LMTK1の下流因子を明らかにした。LMTK1がRab11活性を抑制することはすでに報告している。しかし、それは直接の作用ではない。仲介因子を検索し、同定した。Rab11活性を制御する既存の因子とLMTK1との相互作用を調べたところ、GAPであるTBC1D9Bが同定された。TBC1D9Bは脳でも発現し、LMTK1により活性化され、スパイン形成を制御することが示された。この結果により、スパイン形成に関わる新たなシグナルカスケードとして、Cdk5-LMTK1-TBC1D9B-Rab11が同定されたことになる。(2)マウス脳では、膜貫通領域のあるLMTK1Bと持たないLMTK1Aの二つのアイソフォームが同程度発現している。両者の機能的差異を明らかにするために、細胞内局在を調べた。野生型のLMTK1AとLMTK1Bはともに核近傍でRab11と共局在を示し、リサイクリングエンドソームの輸送制御を行っていが、両者の不活性型(kn)の細胞内局在を調べたところ、LMTK1B knは小胞体に結合し、チューブ状の構造に変化させることが新たに分かった。LMTK1B knの小胞体への局在は超高解像蛍光顕微鏡でも確認された。LMTK1Bはシグナル配列をもち、小胞体上のリボソームで合成される。LMTK1Bは小胞体からゴルジ体への小胞輸送を制御していることが推測された。(3)LMTK1 KOマウス神経細胞ではシナプスの数が多くなっていた。電気生理の実験では野生型と差が見られなかった。LMTK1の発現は脳の海馬や大脳皮質でも観察され、記憶、学習などへの影響が考えられた。モリスの水迷路、恐怖記憶などの実験を行った結果、記憶維持において、野生型に比べるとわずかに低下していることが示された。
進捗状況の項でも記載したが、本年度は三つの研究項目で一定の成果が得られた。特に、LMTK1が直接制御する因子としてTBC1D9Bを同定できたのは非常に大きな成果である。一方、それらの結果を元にした新たな課題も明らかとなっている。(1)LMTK1がTBC1D9Bを制御する仕組みである。リン酸化によるものであるか、それとも足場タンパク質としてタンパク質複合体を形成してなのかは非常に重要な課題と考えている。今後はLMTK1がTBC1D9Bをリン酸化するあどうか、細胞内局在に対する影響はどうかなどを検討していく予定である。(2)LMTK1AとLMTK1Bが同じ機能を持つ、一方、LMTK1Bは小胞体で独自の機能を持つ可能性が新たに示されたのは非常に興味ある点である。小胞体からゴルジ体への小胞輸送に関わるRabとその制御については不明な点が多い。本研究では、LMTK1Bが制御する小胞体領域でのRabとそのGAPを明らかにしていく予定である。その結果から、小胞体からゴルジ体への輸送に関わるRab制御が明らかになると考えられる。具体的には小胞体で合成され分泌されるタンパク質の輸送にLMTK1B knがどのような影響を及ぼすかを調べる予定である。(3)LMTK1 KOマウスはわずかな記憶障害を示した。KOマウス脳の組織学的な異常はシナプス数である。特にこの異常は発達期で顕著である。精神活動に異常がないかを調べる予定である。特にケージ交換時に暴れることが多いことから、多動性やストレスに対する耐性などを、オープンフィールド、強制水泳、尾懸垂テストなどで調べていく予定である。
すべて 2019
すべて 雑誌論文 (4件) (うち査読あり 4件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 3件)
Biochem. Biophys. Res. Commun.
巻: 510 ページ: :370-375
10.1016/j.bbrc.2019.01.093
J. Biol. Chem.
巻: 294 ページ: 10886-10899
10.1074/jbc.RA118.005385
巻: 294 ページ: 11433-11444
10.1074/jbc.RA119.008415
J. Neurosci.
巻: 39 ページ: 9491-9502
10.1523/JNEUROSCI.3209-18