研究実績の概要 |
記憶と学習は、生物が環境に適応し繁殖するために必要な能力である。経験に依存して記憶が形成されその記憶に基づいて行動が調節されるとき、脳神経系ではどのような生理的な変化が起こっているか、十分にはわかっていない。これを遺伝子レベルで理解することを目的として、本研究は線虫C. エレガンスの味覚学習の機構を調べた。 今年度は、塩濃度学習に関わる神経ペプチド、FLP-2の役割を明らかにするための研究を進めた。FLP-2を過剰に生産する個体では飢餓に伴う学習が顕著に弱まることから、このペプチドが餌シグナルとしてはたらく可能性が示唆されている。学習過程におけるFLP-2の発現・分泌レベルの変化を調べるためのレポーター株を準備した。また、受容体であるFRPR-18の機能細胞を同定するため、flp-2過剰発現・frpr-18欠損二重変異体の作製を進めた。 研究期間全体における重要な研究成果のひとつは、行動調節機構の基盤をなす、新規なシナプス伝達可塑性の機構を明らかにしたことである(Sato et al., 2021)。一般に、ニューロン間のシナプス伝達において符号が逆転(興奮性と抑制性が転換)することは珍しい。ASER味覚神経からAIB介在神経へのシナプス伝達は、個体が経験した塩濃度の履歴に依存して符号が変わる。介在神経で発現する興奮性と抑制性のグルタミン酸受容体のバランスによってこの可塑性が成立することを明らかにした。このほか、学習変異体の原因として同定したCLC型塩化物イオンチャネルの変異の性質を調べ、学習におけるチャネルの役割を明らかにした(Park et al., 2021)。CLC型チャネルは先天性ミオトニーの原因遺伝子として知られる。本研究では、CLH-1が線虫の塩濃度学習において味覚神経の興奮性に関与することを明らかにした。
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