研究課題
活性酸素種(reactive oxygen species; ROS)は、従来、生活習慣病や老化の原因因子として悪玉的側面が着目されてきたが、近年、ROSの産生酵素の同定や生体内各組織における発現分布など、ROSが生理活性物質であることを示唆する知見が集まりつつある。この様な背景から「ROSの脳における生理的役割は?」、「善玉としてのROSと悪玉としてのROSとの作用機序の違いは?」と言うROSの機能と作用に関する二つの根源的な問いが生じるが、脳におけるROSの記憶学習への関与や作用機序は殆ど不明である。この様な背景を元に、本研究課題は、ROSの小脳依存的運動学習と神経回路網の可塑性への関与、神経活動依存的な産生、さらにはROSによる生体機能阻害の分子機構を明らかにし、脳におけるROSの正・負の作用を統合的に理解することを目的として立案された。令和元年度は、先ず、小脳運動学習の基盤とされる小脳平行線維ープルキンエ細胞シナプスにおけるシナプス可塑性の一種、小脳長期抑圧(long-term depression; 小脳LTD)へのROS/8-ニトロ-cGMPシグナル系の関与を調べた。ROS産生酵素(NADPHオキシダーゼ、dualオキシダーゼ)の阻害薬apocynin、ROS分解酵素スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)及びカタラーゼの共投与、および8-ニトロ-cGMPアナログ(8-ニトロ-cGMPS)の投与により、小脳LTDが阻害されたことから、ROS/8-ニトロ-cGMPシグナル系の小脳LTDへの関与が示された。引き続き、小脳LTD阻害効果が見られた薬物を、それぞれ小脳に局所投与し小脳運動学習への影響を調べている(現在、最適濃度を検討中)。さらに当初は2年目以降に計画された研究の一部にも着手し、ROSによる一酸化窒素依存的カルシウム放出の阻害を示唆する結果が得られている。
2: おおむね順調に進展している
初年度に計画されていた実験項目の中でも、全体の鍵を握るとされていたROS/8-ニトロ-cGMPシグナル系の小脳LTDへの関与が示されたことから、本研究課題は順調に発進したと見ることが出来る。引き続き、個体レベルでの機能的役割解明のため、小脳LTD阻害効果が見られた薬物を小脳に投与し、運動学習及び運動協調への影響を解析中であるが、LTD実験の結果を基づく各薬物の最適濃度を決定に、若干、時間を要している。この原因としては、薬物により拡散・代謝の影響が異なることが推測される。一方で、2年目以降に計画されていた実験項目のうち、ROSによる一酸化窒素依存的カルシウム放出(Nitric-oxide-induced calcium release; NICR)の阻害に関しては、予想通りのデータが得られており、この点においては、当初の計画以上に進展している。以上記した状況から総合的に判断して、おおむね順調に進展しているとした。
ROSの善玉的側面に関する研究では、初年度の結果に基づき、先ず、小脳LTDの阻害効果が見られた薬物を濃度を最適化した上で小脳に投与し、運動学習への影響を調べる。また、ROSシグナルおよび8-ニトローcGMPの小脳LTDへの関与が示されたこと、8ーニトローcGMPの産生にはROSが必要であることから、小脳LTDを誘導する神経活動により産生されたROSが、8-ニトローcGMPの産生を介して小脳LTDの誘導に寄与することが強く示唆される。そこで神経細胞内におけるROSイメージング系を確立し、神経活動(小脳LTD誘導刺激)依存的なROSの産生を明らかにし、その分子機構についても解明を進める予定である。ROSのイメージングに用いる蛍光プローブとしては、市販の蛍光指示薬(AmplexRed)および共同研究者が作成したものの中から、最適と思われるものを選択して使用する。ROSの悪玉的側面に関する研究では、初年度に得られたROSがNICRを阻害すると言う結果に基づき、先ず、同じリアノジン受容体を介する別タイプのカルシウム放出、カフェイン依存的カルシウム放出へのROSの影響を解析する。引き続き、ROSによるNICR阻害の分子機構解明の一環として、一酸化窒素によるリアノジン受容体のS-ニトロシル化のROSによる阻害について解析を進める。
研究計画そのものはおおよそ順調に進行したが、実験動物(マウス)の自家繁殖が予想以上に順調に進み、外部業者からの実験動物の購入数を予定よりも少なくすることが出来たため、その分、使用額が少なくなり次年度使用額が生じた。
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eNeuro
巻: 7 ページ: 0319-19
10.1523/ENEURO.0319-19.2020
Science Signaling
巻: 12 ページ: eaaw4847
10.1126/scisignal.aaw4847