研究課題/領域番号 |
19K06955
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
柿澤 昌 京都大学, 薬学研究科, 准教授 (40291059)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 活性酸素 / 一酸化窒素 / シナプス / 小脳 / カルシウム / 長期増強 / 長期抑圧 / 可塑性 |
研究実績の概要 |
前年度までの研究で、活性酸素(ROS)およびROSと一酸化窒素(NO)から産生される8-nitro-cGMPによって伝達されるシグナル系が、小脳平行線維シナプスにおける可塑的変化、長期抑圧(long-term depression; 小脳LTD)の誘導に必要であること、小脳LTP誘導に必要なNICRを阻害することで、小脳シナプス可塑性の方向性の決定に関与していることが示唆されている。一方、8-nitro-cGMPはプロテインキナーゼG(PKG)の長期的活性化が可能であることから、小脳LTDの長期化の鍵を握ることが推測されるが、その具体的な分子機構は不明のままであった。 MAPキナーゼの一種であるERKは、小脳スライス標本中において、NOとグルタミン酸刺激によりPKG依存的に持続的に活性化することが、過去の研究により示されている。そこで、この研究グループより小脳で発現が見られるERK1、ERK2それぞれの欠損マウス、及びERK1&2の二重欠損マウスを供与いただき、ERK1、ERK2の小脳LTDへの関与について調べた。ERK1及びERK2の単独欠損マウス小脳においては、小脳LTDは正常に誘導された。一方、ERK1&2の二重欠損マウスにおいては、小脳LTDはほぼ完全に阻害された。また二重欠損マウス小脳においては、平行線維シナプスの基本的な電気生理学的性質に異常は見られなかった。これらの結果は、ERK1&2の小脳LTDへの関与と機能重複を示唆する。小脳プルキンエ細胞においてプロテインキナーゼC(PKC)によるAMPA型グルタミン酸受容体をリン酸化がLTDの成立に必須であるとされているが、ERKはプルキンエ細胞内でPKCと正のフィードバックループを形成することが既に示されている。したがって、ROS~8-nitro-cGMPシグナルにより持続的に活性化されたPKGの下流でのERKひいてはPKCの持続的な活性化が起こり、小脳LTDが持続化することが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題は、活性酸素(ROS)の小脳依存的運動学習と神経回路網の可塑性への関与、神経活動依存的な産生、さらにはROSによる生体機能阻害の分子機構を明らかにし、脳におけるROSの正・負の作用を統合的に理解することを目的として立案されたものである。 計画初年度には、ROS/8-nitro-cGMPシグナルが、小脳平行線維シナプスにおける長期抑圧(小脳LTD)の誘導に必要であることを、ROS産生酵素阻害薬・ROSスカベンジャー・8-nitro-cGMPシグナル伝達阻害薬などの投与による小脳LTD阻害を示すことで、明らかにした。計画二年目には、ROS/8-nitro-cGMPシグナルは、小脳プルキンエ細胞内における一酸化窒素(NO)依存的カルシウム放出(NICR)を阻害することで、同じ平行線維シナプスにおける長期増強(小脳LTP)を阻害し、このことによりシナプス可塑性の方向性が決定されることを示した。さらに、本年度(計画三年目)には、MAPキナーゼの一種、ERKの小脳LTDへの関与を明らかにした。小脳LTDの持続化の分子機構についてはこれまで不明であったが、ERKの小脳LTDへの関与が示されたことから、ROS~8-nitro-cGMPシグナルにより持続的に活性化されたPKGにより、ERKひいてはPKCが持続的に活性化され、これがAMPA型グルタミン酸受容体を持続的にリン酸化することでLTDが持続化する可能性が示された。 この様に、ROSシグナル系の小脳LTD長期化への関与が明らかにされたことから、本課題はおおむね順調に進展していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
本年度を含めた三年間の研究により、ROSシグナルは8-nitro-cGMP~PKG~ERKシグナル系を介して小脳LTDの長期化に関与するとともに、小脳LTPの誘導に関与するシグナル系を阻害することで、可塑性の方向性を決定付けることを明らかにしてきた。また、ROS産生酵素(NADPHオキシダーゼ、dualオキシダーゼ)の阻害薬により小脳LTDが阻害されたことから、LTD誘導刺激によるROS産生が示唆されているものの、その分子機構についてはまだ明らかにされていない。そこで、計画最終年度においては、ROS蛍光プローブを用いたイメージング法により小脳LTD誘導刺激によるROS産生を明らかにする。さらに、カルシウムシグナルを含む様々なシグナル系の阻害薬が活動依存的なROS産生に与える影響を調べることで、活動依存的なROS産生の分子機構の解明を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度に行った実験の多くは、前年度までに行った実験と手法・消耗品の多くを共有するものであり、前年度までに購入した薬品類で作成したストック試薬の多くを、今年度の実験に用いることが可能となったことから、当初の予定よりも物品費を節約することができた。 翌年度は、新たにイメージング解析が加わるため、翌年度請求分と合わせた経費による物品(薬品類、蛍光観察用水銀ランプなど)が必要となる。
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