研究実績の概要 |
“Time is brain”の言葉が示す通り脳梗塞は可能な限り早期の治療開始が原則であるが, 脳梗塞の治療法は少なく, 治療の開始が間に合わず, 神経症状が増悪することが多々ある。水素ガスの吸入により神経機能障害が改善されることが示されて久しいが, 水素ガスの受容体・情報伝達機構と生理作用との因果関係は十分に立証されておらず, 臨床応用を展開するにあたり大きな障壁となっている。 本研究ではまず, 分子状水素で特異的に作動するレセプタの分子実体を洗い出すため再現性のある脳梗塞モデルマウス実験系を構築した。虚血開始後すぐに1.3%水素/空気混合ガスを吸入させた。虚血30分で再灌流し, その後60分継続して1.3%水素混合ガスを投与した。以後2週間にわたって, 複数の機能評価を行った。水素ガス吸入療法が最も顕著な効果を示したのは以下である; 1)梗塞巣の縮小, 2) neurological scoreの正常化, 3) corner testによって判明した左片感覚性失調の正常化(当該マウスは, 左片麻痺のため左片感覚性運動失調を呈するが, corner testによる右回転の割合が, 水素投与により顕著に減少した)。Hanging wire testやrotarodによる運動機能テストの結果も良好であり, 水素の作用機序を検討するモデル系として適切であると判断した。 続いて行ったメタボローム解析においては, 時間軸を, MCAO後30分, 再灌流後60分の2点に限定し, 虚血の度合いに呼答して領域特異的に惹起される代謝リモデリングを水素投与群と対照群で比較した。水素ガスが顕著な効果を示したのは以下の代謝系である; 1)虚血時に亢進するプリン体分解の抑制, 2)虚血時に亢進するコハク酸(クエン酸回路)集積の減少, さらには, 3)虚血時に亢進するアセチルコリンを減少である。これらの結果は虚血時のredox managementなど代償機転の分子機構の糸口となることが期待される。
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