シス選択的なジスピロ環合成法を新たに開発した。即ち、N-アリールピロピオルアミド誘導体を、アセトニトリル溶媒中、塩化ヨウ素で処理すると、高収率かつ高ジアステレオ選択的に、シス体を得ることができた。反応機構は、まず両ジアステレオマーが生成し、次いで系中に生じた塩化水素により、置換基同士の立体反発が大きなトランス体が、熱力学的に安定なシス体が選択的に異性化したと推測している。本反応は、アルキン末端にアリールや芳香族ヘテロ環をもつ基質に適用できた。しかし、ベンズアミドやスルホンアミドには適用不可であった。そこで、上記の反応メカニズムから着想を得て、温和な条件で環化体を得た後に、酸性条件で異性化反応を行うという二段階の合成法を新たに開発した。本法を用いることで、先の条件では適用不可であった基質から、対応するジスピロ環化合物を高収率かつ高立体選択的に合成することに成功した。本異性化反応は、アセトニトリル中、P-トルエンスルホン酸一水和物を用いて室温で攪拌するのみであり、簡便である。本反応においてピロリジン環部が開環後二重結合へと異性化したモノスピロ環化合物が副生したが、この異性体は、酸性条件でジスピロ環化合物へと誘導されないことが明らかになった。また、モノスピロ環化合物の生成比は側鎖窒素上の置換基の種類に大きく影響を受け、カルバメート、スルホンアミド 、アミド、の順でモノスピロ環化合物の生成比が上昇した。さらに、置換基同士の立体反発が小さな基質を用いても、シス体が優先的に得られることが明らかになったことから、シス体とトランス体の熱力学的安定性の差異には、立体的要因だけでなく、立体電子的要因も大きく関わっていることが示唆された。これまで立体電子的要因でジスピロ環骨格の立体化学を制御した例は、我々の知る限り皆無であり、さらに複雑な構造を有するジスピロ環骨格構築法への応用が期待される。
|