研究実績の概要 |
反応場空間の適切な設計は,有機合成化学において反応の各種選択性(立体選択性・位置選択性・官能基選択性等)を制御し向上させる為の重要な手段である。本研究課題では,フルオラス鎖間引力(フルオロフィリック効果)に依拠したフルオラス-スタッキング現象を分子設計指針として「反応場の新規空間形成」に取り組み,効果的な触媒反応系を達成する。 今年度は,フルオロフィリック効果の計算化学的手法による定量化と,それに基づく反応空間構築を作業仮説とした触媒の合成を試みた。 まず基礎研究として,フルオロフィリック効果の安定化エネルギーを密度汎関数計算により見積もった。3価の不斉サレン錯体はC2対称性配位子が階段状構造をとることが知られているが,不斉配位子上隣接位の2箇所のアルキル鎖をフルオラス鎖に変換すると,分子内でスタッキングして中心金属周囲に新たな傘型の不斉空間が形成されることを確認した。そこでアルキル鎖を有するサレン錯体の結晶構造を本来の基底状態と仮定し,実際のフルオラス錯体構造との熱力学的エネルギー差を大凡算出した。その結果,仮定モデル基質での計算ではあるものの,分子内隣接位におけるフルオロフィリック効果は水素結合を凌駕するほどの強い相互作用であり,配位子の適切な位置にフルオラスタグを多点導入できれば配座変容可能と示唆された。 続いて,分子内フルオロフィリック効果(フルオラス-スタッキング)により配座固定化が期待できる触媒合成に取りかかった。ビスオキサゾリン配位子の隣接位にフルオラスタグを二点導入した触媒合成を試みたが,合成経路の還元段階で不斉中心のエピメリ化が観測されたため,現在,エピメリ化を回避できる他のルートにより合成を行っている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度に予定していた基礎研究として,X線結晶構造解析で立体構造を決めたモデル分子を用い,フルオロフィリック効果に起因する安定化エネルギーの理論計算を行った。計算値から研究対象とする触媒の分子設計予測が可能になったので,予定通り各種不斉反応への利用が期待できるフルオロフィリック効果活用型触媒の合成を現在進めている。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題での目的の一つは,「分子内フルオロフィリック効果由来の配位子配座変容を達成し,その活用型触媒を開発すること」である。 今後は,X線結晶構造解析を併用する触媒空間設計に加え,実際の反応結果をフィードバックしながら従来型不斉触媒反応を,光学,変換収率の点で凌駕する反応系を探索する。 具体的には, フルオラスタグ導入型不斉配位子としてサレン及びビスオキサゾリン配位子を合成し,様々な中心金属(Mn, Pd, Ru など)との錯体を調製する。次いで本触媒群を用いた不斉酸化,不斉還元,及び不斉カップリング反応等についてエナンチオ選択性を精査する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度において,消耗品費として計上していたガラス器具の破損が少なかったこと,並びに汎用有機溶媒の使用量が当初の予定より少なかったことから、翌年度繰越の使用額が生じた。 翌年度は,不斉触媒合成に必要なキラル配位子原料を多数購入するので,繰越金は翌年度分として請求した助成金と合わせて使用する。
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