研究実績の概要 |
反応場空間の適切な設計は,有機合成化学において反応の各種選択性(立体選択性・位置選択性・官能基選択性等)を制御し向上させる為の重要な手段である。 本研究課題では,フルオラス鎖間引力(フルオロフィリック効果)に依拠したフルオラス-スタッキング現象を分子設計指針として「反応場の新規空間形成」に取り組み,効果的な触媒反応系を達成する。 昨年度までに,密度汎関数計算によりフルオロフィリック効果の安定化エネルギーを大凡見積もることで,作業仮説の定量的根拠を得ることができた。今年度は,分子内フルオロフィリック効果による配座固定化が期待できる配位子,すなわち,ビスオキサゾリン骨格の隣接位にフルオラス鎖を二点導入した配位子を合成した。銅配位型触媒とした後,不斉ヘンリー反応に適用し,その立体選択性を詳細に調べた結果,有機溶媒中と含水有機溶媒中で選択性に顕著な差は観測されなかった。ベンジル基スペーサーを介してフルオラス鎖を導入したため,スタッキングしなかった可能性がある。 一方,サレン骨格の隣接位にフルオラス鎖を二点導入した不斉配位子も合成し,コバルト配位型錯体とした後,不斉ヘンリー反応の触媒として用いたところ,フルオラス鎖が導入されていない同不斉コバルト錯体に比べてエナンチオ面選択性が顕著に向上することがわかった。現時点で不斉源として1,2-ジフェニルエチレンジアミンを有するフルオラスサレンコバルト錯体を触媒としたヘンリー反応(基質:ニトロメタン及びp-ニトロベンズアルデヒド)において95%eeの立体選択性を達成している。本反応で,同不斉源を有するJacobsen型サレン錯体(二箇所のフルオラスタグの位置がt-ブチル基に置き換わった錯体)を用いると,ほぼラセミ体でしかアルドール付加体は得られない。非常に興味深い結果が得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度に予定していたビスオキサゾリン骨格にフルオラス鎖を二点導入した不斉配位子の合成を達成した。加えて,サレン骨格にもフルオラス鎖を二点導入したフルオラスサレン型コバルト錯体の合成にも成功した。また,フルオラスサレン型コバルト錯体を用いる不斉ヘンリー反応では,フルオラス鎖が導入されていない同不斉コバルト錯体使用時に比べてエナンチオ面選択性が顕著に向上することを明らかにした。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題での目的は,「分子内フルオロフィリック効果由来の配位子配座変容を達成し,その活用型触媒を開発すること」である。 フルオラスタグ二点導入型不斉配位子として,ビスオキサゾリン及びサレン配位子の合成に成功したので,まずはフルオラスサレンコバルト錯体使用によるヘンリー反応の最適条件検討を行う。加えて本錯体使用による不斉 Diels-Alder 反応への適用を試みると共に,X線結晶構造解析により当該コバルト錯体の不斉配位子が,フルオロフィリック効果により配座変容しているか確認する。 さらに,コバルト以外の中心金属(パラジウム、マンガンなど)を有するフルオラスサレン型錯体も合成し,本触媒群を用いた各種不斉反応群(酸化,還元,及びカップリング反応等)の立体選択性を詳細に調べる。
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