研究課題
リン脂質代謝のボトルネック酵素であるホスホリパーゼ (PLA2) 分子群の内、分泌型PLA2 (sPLA2) 群の欠損マウスの表現型はほぼ各酵素の発現組織で発症する。例外的に我々は、腸管固有のsPLA2-IIAの欠損が本来発現している腸管ではなく遠隔組織 (皮膚) でアレルギー・癌などの表現型を示すことを見出しており、sPLA2-IIAのリン脂質分解作用が腸内細菌叢に直接影響し、これが二次的に遠隔組織の表現型に波及している可能性を想定した。本研究では、sPLA2-IIAの欠損による腸内細菌叢の変容と遠隔組織の疾患に関する表現型の解析をベースに、本酵素により制御される腸内細菌と細菌代謝物を同定するとともに、それに基づいた疾患メカニズムを解明し、マイクロバイオームの新規制御因子としてのsPLA2の定義を確立することを目的とする。本年度は、(1) マウス腸内細菌叢のメタゲノム解析を行い、sPLA2-IIA欠損マウスでは特定の細菌が野生型マウスと比較して属レベルで変化していることを見出した。また、(2) 欠損マウスの皮膚マストセルはTPA刺激による脱顆粒応答が野生型よりも有意に低下しており、さらに、(3) マウス糞便中の代謝物メタボローム解析の結果、これまで機能未知であった腸内細菌固有の脂質代謝物などがsPLA2-IIA依存的に変動することを明らかにした。この結果は、研究目的の「本酵素により制御される腸内細菌ならびに細菌代謝物の同定」を部分的に達成した内容であり、今後の研究をさらに進展させる重要な成果である。
2: おおむね順調に進展している
本年度はマウス腸内細菌叢のメタゲノム解析を行い、sPLA2-IIAの欠損により影響を受ける細菌種の同定を試みた。その結果、野生型マウスと比較して欠損マウスでは特定の細菌が属レベルで有意に変化していることを見出した。この変化は異なる飼育環境(共同研究者の所属研究機関)で飼育されているマウスにおいても共通して見られたことから、sPLA2-IIAは腸内細菌の生存や定着を直接制御している可能性が強く示唆された。また、本酵素の欠損が遠隔臓器 (皮膚) のアレルギーの表現型に寄与することを実証するため、アレルギー応答の要であるマストセルの活性化について検討したところ、通常時の欠損マウスの皮膚マストセルの数は野生型マウスと差が無いのに対し、皮膚刺激により脱顆粒したマストセルの増加は野生型マウスと比較して欠損マウスで有意に低下した。この結果は、sPLA2-IIAの欠損による腸内細菌叢の変化が遠隔組織である皮膚での免疫応答にまで波及していることを示している。さらに、マウス糞便および血漿中の代謝物に対するメタボローム解析により、sPLA2-IIA依存的に変動する腸内細菌固有の脂質代謝物 (短鎖脂肪酸・分枝脂肪酸・酸化脂肪酸等) を探索した結果、糞便中のいくつかの脂質代謝物が変動していることが分かり、この中にはこれまで機能未知の物質が複数含まれていた。これらの成果は、次年度以降の計画を遂行するのに重要な足掛かりとなることから、進捗状況としてはおおむね順調に進展していると言える。
今後の研究は以下の項目を重点的に推進する。[1] sPLA2-IIAの欠損の影響を受けた特定の細菌種について、下記 (1) および (2) に準じてマウスの腸内細菌叢を人為的に操作し、疾患モデルの表現型が腸内細菌叢の変容に依存的か調べる。(1) 抗生物質投与:異なる抗菌スペクトルをもつ抗生物質を併用し、腸内細菌叢を修飾する。(2) 同居飼育実験:野生型と欠損マウスを同居させることで、双方の細菌叢を共有させる。[2] sPLA2-IIA依存的に変動した脂質代謝物をマウスに投与した際のアレルギー応答などの表現型やマストセルに添加した際の効果を検討し、責任代謝物の直接的な作用メカニズムを解明する。さらに、プレ/プロバイオティクスの観点から、責任代謝物の投与によるアレルギーや癌などの様々な疾患に対する治療および予防効果について検討する。
今年度は、マウス飼育室の所属機関内での移動作業があり飼育数の縮小などの対応が迫られたことなどから、予定していた規模での実験を行うことが難しい状況であった。これにより、マウスを用いた実験とその解析に使用予定であった各種消耗品の購入額が減少し、結果として消耗品費の使用率が低下した。上述のマウスの移動作業は既に完了しており、次年度以降に計画している内容を遂行するには差し支えないことから、計画していた各使用内訳に変更はないものとする。次年度使用額 (1,053,845円) の使用計画は、消耗品費として以下の通りとする。薬品・試薬類としては、遺伝子関連試薬 [遺伝子工学用酵素 (50千円×6)、PCRプライマー (2千円×4)]、細胞培養試薬 [培地 (1千円×6)、刺激剤 (30千円×6)]、免疫化学関連試薬 [抗体 (30千円×4)、染色用試薬 (10千円×4)]、質量分析関連試薬 [液体クロマトグラフィー関連器具 (20千円×4)、展開溶媒 (10千円×20)] などの購入を見込み計上する。ガラス器具・プラスチック器具類としては、細胞培養ディッシュ (20千円×2)、遠心管 (20千円×2)、マイクロプレート (20千円×2) などの購入を見込み計上する。
すべて 2020 2019 その他
すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (15件) (うち国際学会 9件) 備考 (2件)
Archives of Biochemistry and Biophysics
巻: - ページ: 108307~108307
https://doi.org/10.1016/j.abb.2020.108307
Proceedings of the National Academy of Sciences
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https://lmmhs.m.u-tokyo.ac.jp/
https://www.amed.go.jp/news/release_20190927-01.html