ヒト翻訳終結因子eRF3のN末端には、GGCトリプレットリピートによってコードされるグリシンリッチ領域が存在する。申請者らは、この領域がプロテアーゼにより切断されることを見出した。切断により露出したN末端配列にはアポトーシス阻害因子IAPが結合し、アポトーシスが制御されることを明らかにした。興味深いことに、正常ではこのリピート数が10もしくは11であるのに対し、12以上になると乳癌および胃癌発症率が増大することが、遺伝子多型解析により示されている。本研究では、eRF3のもつグリシンリッチ領域のプロセシング異常が癌発症を増大させる分子メカニズムの解明を試みた。
まず、eRF3発現抑制時におけるリボソームの動態をリボソームプロファイリング法により解析した。その結果、eRF3発現抑制時において、翻訳終結反応異常により引き起こされるリボソームの終止コドン近傍における停滞、および終止コドンのリードスルーがゲノムワイドに生じており、eRF3が翻訳終結に機能することが確認された。このときのmRNA動態を解析したところポリA鎖の分解促進が認められた。eRF3は翻訳終結因子として機能するとともに、ポリA鎖分解を抑制することでmRNA分解における律速段階となるポリA鎖分解の速度を適切に保つ機能を担うことが明らかとなった。
さらにトリプレットリピートが0-20となる複数のeRF3発現ベクターを作製し、これら一過的過剰発現が上記機能に与える効果について検証した。リピート12のeRF3発現によりこの機能が減弱する傾向は認められたものの、有意な差は得られなかった。そこでeRF3のもつプリオン性を考慮し持続的なeRF3発現がその効果に必須と予想し、CRSPR-Cas9系をもちい各種リピート数をもつeRF3の安定発現細胞株の作製を試みた。
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