研究課題/領域番号 |
19K07088
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研究機関 | 帝京大学 |
研究代表者 |
山下 純 帝京大学, 薬学部, 教授 (80230415)
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研究分担者 |
松本 直樹 帝京大学, 薬学部, 助教 (40447834)
佐々木 洋子 帝京大学, 薬学部, 講師 (90324110)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | リン脂質 / ホスホリパーゼ / リゾリン脂質 / ホスファチジン酸 / リゾホスファチジン酸 / リゾホスファチジルイノシトール / ホスファチジルイノシトール / がん細胞 |
研究実績の概要 |
私たちは新規カンナビノイド受容体GPR55のアゴニスト・リゾホスファチジルイノシトール(LPI)の生理機能や産生機序を解析している。LPI産生の鍵酵素のひとつとして細胞内ホスホリパーゼA1 DDHD1を同定した。DDHD1はホスファチジン酸(PA)を基質として好むホスホリパーゼA1(PA-PLA1)として報告されたが、私たちはこの酵素がホスファチジルイノシトール(PI)も基質とし、LPIを産生することを酵素レベルと細胞レベルで示した。DDHD1の性状解析を行う過程で、DDHD1の遺伝子変異が神経変性病の遺伝性痙性対麻痺(hereditary spastic paraplegia)を引き起こすことを発見した。神経変性の機序は明らかでないものの、ミトコンドリアの呼吸が低下することを見出し、細胞内ホスホリパーゼA1 DDHD1とミトコンドリア機能との関係を予感させた。 また、予備研究で、膵臓がん細胞にDDHD1を発現させると、ミトコンドリア呼吸が亢進すること、細胞の増殖や生存が低下することを発見した。がん細胞は必要なエネルギー(ATP)を解糖系で産生していることが知られている。逆にクエン酸回路、電子伝達系-酸化的リン酸化などミトコンドリアの呼吸が低く保たれていることも知られており、その特徴的な代謝変化は“ワールブルグ(Warburg)効果”と呼ばれている。またがん細胞のミトコンドリアの呼吸活性が低いことが、がんが不利な環境で生存することにつながることが想定されている。 本研究はDDHD1とミトコンドリア機能、細胞増殖・生存の関係を明らかにすることを目的とする。がん細胞など特徴的なエネルギー代謝を行っている細胞をモデルとして、DDHD1の過剰発現による、ミトコンドリアの呼吸の変化を検討し、そのメカニズムとミトコンドリアの機能変化がどのような生物現象につながるかを詳細に検討する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
組換レトロウイルスベクター発現系を用い て、DDHD1/PA-PLA1を発現した培養膵臓がん細胞 PANC-1 細胞を樹立し た。ピューロマイシンを用いて発現細胞と選択したところ、コントロールのウイルスに比べ、DDHD1遺伝子を組換えたウイルスを用いた場合、コロニーの出現が低いことが分かった。樹立された細胞を用いて、細胞増殖実験や細胞を低密度でまいた場合の細胞の生存を検討すると、DDHD1発現細胞は対照の細胞に比べ、増殖や生存が低く、DDHD1の発現が膵臓がん細胞の増殖や生存を負に制御することが確かめられた。また、ヨウ化プロピジウムで DNA を染色した後、フローサイトメトリーで細胞周期を解析すると、DDHD1の発現により、細胞周期が G2/M 期で停止することが示めされた(G2/M アレスト)。 DDHD1とミトコンドリアの機能の関係をさらに明確にすることを目的に研究を行った。ミトコンドリアの呼吸に依存したミトコンドリア染色プローブであるMitoTrackerを用いて、プローブの取込みをフローサイトメトリーで解析した。DDHD1の過剰発現により、MitoTrackerの取込みが亢進し、膵臓がん細胞にDDHD1を過剰発現するとミトコンドリア呼吸が亢進することが明らかになった。 膵臓がん細胞を抗がん剤で処理した後、アポトーシスの誘導を検討した。アポトーシスの誘導はカスパーゼによるポリADPリボースポリメラーゼ(PARP)の切断(Cleaved PARPを用いたWestern解析)により評価した。培養膵臓がん細胞 PANC-1は抗がん剤(etoposide)に対して耐性で、アポトーシスの誘導に高濃度のエトポシドを必要とした。DDHD1を発現させたPANC-1細胞はより低濃度のエトポシドでアポトーシスが誘導され、DDHD1の発現により、抗がん剤の感受性が高まることが示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
DDHD1を発現させると、ミトコンドリア呼吸が亢進すること、細胞の増殖や生存が低下することが示されたが、どのようなメカニズムで、ミトコンドリア呼吸亢進、すなわち“ワールブルグ効果”の解除が起こるかを検討する。 がん細胞のミトコンドリア呼吸が低い原因として、がん細胞が低酸素状態に適応して低酸素誘導因子(HIF)が発現亢進することが考えられている。HIFは解糖系とミトコンドリア呼吸を連関するピルビン酸デヒドロゲナーゼ(PD)の活性を負に制御するPDキナーゼを発現亢進させることで、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ活性を低下させる。その結果、ミトコンドリア呼吸が低下するという考えである。ジクロロ酢酸ナトリウムはPDキナーゼを阻害し、ピルビン酸デヒドロゲナーゼの活性低下を解除することでミトコンドリア呼吸を上昇させることが報告されている。また、がん細胞をジクロロ酢酸ナトリウムで処理すると、抗がん剤の感受性が高まることも報告された。DDHD1の発現による効果と類似しているので、DDHD1の効果の作用点がジクロロ酢酸ナトリウムのそれと同一かどうかを検討する。 DDHD1の発現の効果を検討しているが、DDHD1の活性調節に関する知見はほとんどない。私たちはDDHD1のLPI、LPA産生活性は、酵素の存在だけでは不十分で、細胞を活性化する必要があることを報告している。すなわちDDHD1は刺激に応答して活性化すること、活性調節機構の存在することを意味している。DDHD1の調節の破綻が細胞増殖、ミトコンドリア機能を変化させる可能性を考慮して、活性調節機構を明らかにする。予備研究により、DDHD1が複数の部位でリン酸化されていることを見出している。DDHD1のリン酸化を詳細に検討する。質量分析計LC-MSを用いたリン酸化部位の同定および関与するプロテインキナーゼの同定を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究計画に変更はない。翌年の研究費と併せて使用する。
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