薬物療法の個別化至適化を実施する上で、薬物血中濃度を患者一人一人にあわせて管理・調節することは重要である。しかし、これまでに我々が明らかにしてきたように、たとえ同一患者であっても、治療標的の薬物感受性は、病態や病状の進行・回復の程度、更には治療標的と直接的関係しない遠隔臓器の疾患に応じて大きく変動する場合が存在する。したがって、薬物血中濃度のみに着目した手法では、薬物療法の至適化最適化は為し得ず、薬物血中濃度とあわせて、治療標的の薬物感受性を把握し、感受性の変動機構と変動因子を理解することが、効果的・効率的な薬物療法を為す上で重要である。本助成期間において我々は、先に確立したインビボでの薬物感受性評価系である薬物の脳室内直接投与実験系を用い、遠隔臓器である腎臓の機能不全が、中枢抑制薬フェノバルビタールの薬理効果を増強するメカニズムを詳細に検討した。その結果、腎不全時には神経細胞において細胞内のクロライドイオンの濃度調節に関与する電解質輸送タンパク質KCC2の発現量低下が認められ、更に、このKCC2の発現量を調節する神経栄養因子受容体タンパク質TrkBのリン酸化が亢進していることも明らかとなった。次いで、こうした知見を検証する目的で、対照群にTrkBアゴニスト活性を有するジヒドロキシフラボンの前投与を行ったところ、腎機能不全群と同様にフェノバルビタールの中枢抑制作用の増強が生じ、中枢神経系の感受性亢進が認められた。神経細胞のクロライドイオンは、神経細胞膜の過分極プロセスに関与して、神経における興奮性の刺激伝達を抑制する方向に作用する。こうしたことから、KCC2の発現低下が、フェノバルビタールに対する中枢神経系の感受性変動の中心的機構であって、その発現調節を司るTrkBのリン酸化プロセスが薬物感受性の決定因子と考えられた。
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