本研究は心停止蘇生後に生じる脳障害を防ぐ有効な手段として高く評価されている「低体温療法」における抗菌薬の臓器組織中の薬物濃度に影響を及ぼす要因の中でも特に重要な、臓器組織への薬物移行が変化するメカニズムを解明することを目的としている。 研究期間を通して抗MRSA薬の中でも腎排泄型のバンコマイシンおよび胆汁排泄型のテジゾリドの体内動態に及ぼす体温低下の影響について解析を進めた。バンコマイシンについては投与直後から低体温群において血中濃度が上昇することが明らかとなり、分布容積が低体温群で変化することが示された。また、血中濃度時間曲線を解析し、算出した全身クリアランスは低体温群で正常群の70%程度まで低下したことから、消失過程にも影響が生じることが示唆された。一方、テジゾリドは低体温群でも投与直後の血中濃度が大きく変動せず、分布容積に変化は認められなかった。一方で消失相における血中濃度は低体温群で上昇しており、消失過程に影響が生じることが示唆された。テジゾリドの全身クリアランスは低体温群で正常群の65%程度まで低下しており、テジゾリドの胆汁排泄量は低体温群で有意に低下したことから、胆汁排泄過程に低体温の影響が生じることが示唆された。 バンコマイシン、テジゾリドの組織中濃度について解析したところ、バンコマイシンは低体温群で組織中濃度が上昇する傾向が見られたのに対し、テジゾリドでは減少しており、組織移行性についても各薬剤で体温低下の影響が異なることが明らかになった。 本研究より、抗MRSA薬の中でも体内動態の特性に応じて低体温の影響が異なることが示唆され、組織移行性に与える影響について詳細に解析し、投与最適化を行う必要性が示唆された。
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