心臓の冠状動脈は上行大動脈基部の周囲に形成された毛細血管網から内皮細胞索が大動脈壁に侵入して形成される。一方、正常発生では内皮細胞索は肺動脈幹には侵入しない。本研究の目的は冠状動脈が大動脈から選択的に起始(大動脈に選択的に侵入)するメカニズムを解明することである。実験は鶏胚心臓のin vivoシステムと新しく確立した冠状動脈形成過程を模倣する三次元培養システム用いて行った。冠状動脈形成前の大動脈周囲毛細血管網にはVEGF (vascular endothelial growth factor) の作用を抑制するSemaphorin-3a (Sema3a)が発現していた。発生が進み、冠状動脈内皮細胞索形成時には毛細血管網のSema3aの発現は低下していた。このSema3aの発現低下は大動脈周囲の組織低酸素状態によって誘導されることが分かった。Sema3aの低下は大動脈周辺のVEGF活性を選択的に上昇させ、CXCR4陽性の内皮細胞索形成を誘導した。また上行大動脈基部には肺動脈幹に比べCXCR4のリガンドであるCXCL12 (SDF1)が強発現していた。このCXCL12の発現は低酸素によって誘導されることが分かった。in vivoで胚心臓心膜体腔にSema3a、あるいはCXCL12-CXCR4シグナルアンタゴニストを投与すると、冠状動脈は低形成あるいは無形成となった。以上の結果から、冠状動脈主幹部の発生過程では①大動脈周辺の毛細血管網のVEGF活性が組織低酸素状態によって上昇し、②CXCR4陽性の内皮細胞索が誘導される、③同時に低酸素によって大動脈にCXCL12の発現が誘導され、④CXCR4陽性の内皮細胞索が大動脈に侵入し、冠状動脈主幹部は選択的に大動脈につながることが判明した。本研究により、冠状動脈が選択的に大動脈から起始する分子メカニズムが明らかになった。
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