恐怖や不安には経験に基づかない先天的な行動があることから、その神経回路は遺伝子レベルで設計、構築されていることが予想される。私達は、Dpy19L1ノックアウト(KO)マウスにおいて、生来の恐怖行動が著しく減弱していること、恐怖・不安行動に関わる後方中隔核の形成異常がみられることを見出した。本研究は、Dpy19L1に注目し、恐怖行動を制御する神経回路形成の分子メカニズムの一端を明らかにすることを目的としている。これまでの結果から、発生期大脳皮質のDpy19L1が、間接的に後方中隔核の発生に関わる可能性が考えられた。そこで本年度は、発生期大脳皮質特異的にCreを発現するNeurod6-CreマウスとDpy19L1 floxマウスを交配し、大脳皮質特異的Dpy19L1 KO (Dpy19L1 cKO)マウスを作製した。Dpy19L1 cKOマウスは生後致死とならず、3ヶ月齢まで生存した。組織学的解析の結果、cKOマウスの後方中隔核において顕著な細胞構築異常が認められた。また発生期に後方中隔核ニューロンの移動をガイドする交連後脳弓(皮質海馬台から間脳に投射)についても投射異常が認められた。しかしながら、この投射異常は片側のみに観察された。また、Dpy19L1により糖鎖修飾されるR-spondinsとそのレセプターLGRsの発現パターンを検討したところ、胎生期脳弓投射を開始する時期・位置にR-spondin1-3とレセプターLGR6の発現が観察された。in utero electroporationによりLGR6 siRNAを発生期大脳皮質背内側部に導入することで機能損失実験を行ったが、脳弓の投射異常は観察できなかった。これらの結果から、発生期大脳皮質Dpy19L1が間接的に後方中隔核形成に制御することが示唆された。一方でDpy19L1シグナルについてはさらなる研究が必要である。
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