活動的な日常生活の維持には、腸管を健康に保つ機構の理解が不可欠である。その機構において幹細胞の増殖・分化の制御は重要であり、その中心的な役割をニッチ細胞が担う。大腸陰窩底部に観察されるcKit陽性上皮細胞(cKit+細胞)はニッチ細胞であると報告されたが、その性質・役割には不明な点が多い。 最終年度、腸管の健康を維持する機構へのcKit+細胞の関与について検討を進めた。マウス大腸のcKit+細胞は発現する糖鎖の違いにより2種類に分けられることを報告者は先に報告した。cKit+細胞における種々の分子発現を免疫組織化学的に解析した結果、上記の糖鎖発現の違いは、前駆細胞からニッチ細胞への分化成熟に関連することを見出した。また、cKit+細胞は、陰窩上部の杯細胞とは別の性質・特徴をもつムチン産生細胞であることを明らかにした。大腸近位側における主要なムチン産生細胞であること、分泌するムチンタンパク質の種類が異なること、主要なムチンタンパク質であるMuc2へ付加される糖鎖が異なることを新たに示した。 本研究では助成期間を通じ、cKit+細胞はニッチ細胞としてだけでなく、ムチン産生細胞としても腸管の健康維持に深く関与することを明らかにした。ムチン産生細胞(杯細胞)における多様性が見出されることは想定外だったが、組織解剖学としても新たな知見を得た。また、生理状態におけるcKit+細胞の特徴の1つは特定の糖鎖が付加されたムチンの分泌であった。このムチンの分泌は傷害上皮の再生過程において著しく増加した。このような結果から、腸管の健康を維持する上で重要な分子を特定したと考えられる。ムチンの異常は炎症性腸疾患と関連が深い。cKit+細胞の不具合は、産生するムチンと、ムチン産生細胞への分化制御、両方の異常となることが予想される。cKit+細胞に関する本成果は疾病の新たな理解へも繋がると期待される。
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