高齢者や帰還後の宇宙飛行士では前庭器(耳石器・三半規管)の機能低下による平衡機能障害や起立性低血圧が問題となっており,これには前庭系可塑の関与が示唆されている。しかし,可塑のメカニズムやそれが引き起こす生理機能調節力低下(デコンディショニング)の全容が不明であるため,障害や症状に対する効果的な予防法やリハビリテーション法が確立されていない。そこで,前庭系可塑のメカニズムを解明し,生理機能調節力低下への対策を確立するために,本年度は可塑に関わる前庭神経核神経細胞の生理機能について調べた。 前庭神経核には,少なくともグルタミン酸作動性神経細胞とGABA作動性神経細胞が存在する。Vglut2-creマウスとVgat-creマウスを用い,ウイルスベクターにて片側前庭神経核のグルタミン酸作動性神経細胞,GABA作動性神経細胞とコリン作動性神経細胞に光受容体(ChR2)を発現させた。光刺激にて興奮させると,Vglut2-creマウスは刺激同側に,Vgat-creマウスは反対側に身体が傾斜した。このことから,これらの神経細胞は姿勢制御に関与していることがわかった。次に,Vglut2-creマウスとVgat-creマウスを用い,両側前庭神経核のグルタミン酸作動性神経細胞とGABA作動性神経細胞に化学受容器(hM3Dq)を発現させた。Clozapine-N-Oxide(CNO)にて各神経細胞を興奮させると,Vglut2-creマウスでは体温の低下がみられた。一方,Vgat-creマウスでは体温の変化がみられなかった。さらに,ウイルスベクターにて前庭神経核のグルタミン酸作動性神経細胞を特異的に除去し過重力刺激を与えると,体温低下が有意に抑えられた。これらの結果から,前庭刺激による体温の低下には前庭神経核のグルタミン酸作動性神経細胞が関与していることがわかった。
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