本研究は転写因子STAT3の新たな機能の場をミトコンドリアと捉え、転写因子としてではなく、ミトコンドリアの機能性タンパク質として解析するアプローチを採用している。今までの研究から、ES細胞の自己複製にはSTAT3が重要な役割を果たしており、STAT3を人為的に活性化することで自己複製することを報告している。近年、5-10%のSTAT3はミトコンドリアに移行し、膜透過性遷移孔(mPTP)の開閉を制御することで細胞死を抑制する機能が示された。本研究では、ES細胞のSTAT3は、単に転写因子としてだけではなく、ミトコンドリアで機能性タンパク質として細胞死を抑制し、エネルギー産生に関与することで自己複製維持に関与している可能性を考え、当該研究課題を遂行している。 STAT3を強制的にミトコンドリアに移行させる目的で、ミトコンドリア移行シグナル(MLS)の付加を試みた。具体的にはヒトCOX8Aタンパク質に含まれるMLS(N末端側の29アミノ酸)をSTAT3のN末端側に導入した。さらにMLSの有無によるSTAT3の細胞内局在の変化を視覚的に観察する目的で、STAT3のC末端側にEGFPを融合させた(MLS-STAT3-EGFPもしくはSTAT3-EGFP)。これらを発現ベクターに挿入し、ES細胞に遺伝子導入した。STAT3-EGFPの細胞内局在を観察したところ、LIF刺激がないと細胞全体にシグナルが観察されるのに対し、LIF刺激により核への移行が確認された。一方、MLS-STAT3-EGFPは、LIF刺激の有無に関わらず細胞質内でドット状に観察された。このシグナルの一部は、MitoTracker(生細胞のミトコンドリアに選択的に蓄積する蛍光色素)と一致した。今後、これらの発現ベクターを利用することでES細胞におけるミトコンドリアでのSTAT3の機能解析が期待できる。
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