研究課題/領域番号 |
19K07386
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
阿部 雄一 九州大学, 基幹教育院, 学術研究員 (00529092)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ペルオキシソーム / BDNF / カタラーゼ / グルタチオン / NADH |
研究実績の概要 |
細胞内オルガネラであるペルオキシソームはエーテルリン脂質の生合成や極長鎖脂肪酸のβ酸化など様々な代謝反応を担っている。ペルオキシソーム形成異常症は脳中枢神経系において重篤な障害を呈する。我々はペルオキシソーム形成異常マウスを作製し、脳由来神経栄養因子(BDNF)およびその不活性型受容体・TrkB-T1の発現増加が小脳形態形成異常を導くことを報告している。ペルオキシソーム形成異常がなぜこれら因子の発現増加を導くか、詳細な分子機構は未解明である。一方、BDNF-TrkBシグナル伝達経路の神経細胞遊走への関与も報告されている。本研究課題の目的であるペルオキシソーム形成異常における神経細胞の遊走障害機構の解明にむけて、BDNF発現増加の分子機構解明を試みた。 我々は神経芽細胞・SH-SY5Yおよびアストロサイト様細胞・RCR-1においてペルオキシソーム欠損によるBDNF発現増加を同様に認めた。BDNF発現増加の分子機構解明を目的として、各種ペルオキシソーム代謝反応に着目して解析を試みた結果、ペルオキシソーム欠損性RCR-1細胞においてサイトゾル局在のカタラーゼの活性阻害が、BDNF発現低下を導くことを見出した。LC-MS/MSによる代謝産物の解析により、サイトゾル局在性カタラーゼがサイトゾルのNADHやグルタチオン等の還元性代謝産物の増加を導き、BDNFの発現増加を誘導することが示唆された(J. Biol. Chem., in press)。 本研究成果は、未解明であったペルオキシソーム形成異常症の病態発症機構において、代謝障害を起因とする中枢神経系障害の分子機構を明らかにした重要な知見である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ペルオキシソーム形成異常症における病態発症機構の解明を目指すなかで、ラット胎仔海馬由来神経初代培養細胞を用いた非接触共培養系の解析により、アストロサイト様細胞であるRCR-1細胞におけるペルオキシソーム欠損はBDNFの発現量を増加させ、培養上清中へのBDNF分泌量上昇によって神経細胞の軸索分岐数の増加を誘導することを見出した。BDNFの発現増加機構を明らかにするために、各種ペルオキシソーム代謝反応に着目して解析を試みた。エーテルリン脂質の生合成や極長鎖脂肪酸のβ酸化系との直接的な関連は認められなかったが、過酸化水素の分解を担うカタラーゼの阻害剤処理により、ペルオキシソーム欠損性RCR-1細胞におけるBDNF発現量が低下することを見出した。ペルオキシソーム欠損性細胞ではカタラーゼは活性を有したまま安定してサイトゾルに局在し、サイトゾルを還元化させることが報告されている。LC-MS/MSによる代謝産物の解析により、ペルオキシソーム欠損性細胞におけるサイトゾル局在性カタラーゼがサイトゾルのNADHやグルタチオン等の還元性代謝産物の増加を導くことが明らかとなった。さらに、正常細胞に対してサイトゾルの還元化を誘導させたところ、BDNFの発現増加が認められた。以上の結果から、ペルオキシソーム欠損性RCR-1細胞におけるBDNF発現量増加はサイトゾルの還元化により誘導されることが示唆された(J. Biol. Chem., in press)。 以上のように、ペルオキシソーム機能障害とBDNFの発現異常との関連性を明らかにしつつあり、病態発症メカニズムの分子基盤の全容解明を目的とした本研究課題はおおむね順調に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
発現増加の分子機構を明らかにしたBDNFに関して、ペルオキシソーム欠損Pex14-KOマウスにおける大脳皮質や海馬、小脳における神経細胞遊走障害のへの影響を解析する。ペルオキシソーム欠損細胞におけるサイトゾル中のカタラーゼ活性がBDNFの発現増加に関わることから、カタラーゼ阻害剤の投与等により神経細胞遊走や中枢神経系形態形成への影響を検証する。 また、ペルオキシソーム欠損マウス脳における神経炎症に関する研究を推進する。申請者らはこれまでにPex14-KOマウスの脳切片において、中枢神経系の免疫を担うミクログリアが活性化していることを見出している。免疫組織化学染色等を用いて、Pex14-KOマウスの大脳皮質や小脳において観察される形態異常と炎症惹起との関連性を検証する。 また、神経炎症に関わることが知られる生理活性脂質をLC-MS/MSを用いて定量する解析系の確立を行う。ペルオキシソーム欠損細胞やPex14-KOマウスではリン脂質中のドコサヘキサエン酸(DHA)が減少し、アラキドン酸が増加する。アラキドン酸由来の生理活性脂質は炎症を亢進し、逆にDHA由来の生理活性脂質は炎症を抑制することが知られている。野生型マウスおよびPex14-KOマウスにおいて、これら炎症性および抗炎症性生理活性脂質を定量的に解析し、存在量が異なる分子の探索を行う。同定した分子の合成阻害剤や分解系の阻害剤をPex14-KOマウスに投与し、神経炎症への影響を観察する。上記の神経炎症への影響とともに、Pex14-KOマウスにおける脳形態形成異常への影響も同時に観察を行うことで、脳形態形成異常と神経炎症との関連性を明らかにする。
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