研究課題/領域番号 |
19K07403
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研究機関 | 自治医科大学 |
研究代表者 |
鴨下 信彦 自治医科大学, 医学部, 講師 (90302603)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | ナンセンスサプレッサーtRNA / (アンチコドン改変tRNA) / RNAウイルス / 開始tRNA / ナンセンス変異遺伝病 / 終止コドンリードスルー / CpGメチル化 |
研究実績の概要 |
ナンセンス変異は、翻訳領域中の一塩基置換によりポリペプチド鎖途中に終止コドンが出現する変異である。尿素サイクル異常症の8遺伝子を対象に、既報の疾患起因性ナンセンス変異を扱い、変異パターン出現頻度を評価するドライ解析を行った。結果を論文投稿中である。
文献等から以下の基礎情報を得た。(1) 翻訳領域の一塩基置換は、1コドンにつき3+3+3 =9通りのパターンが存在する。全64コドン、9×64 =576パターンのうち、23通り(4.0%)がナンセンス変異である。(2) 遺伝性疾患について、人類遺伝学の教科書では原因の10%がナンセンス変異とされる。これに対し、ミスセンス変異は50%、同義変異が疾患を起こす率は少ない。(3) 従って、576の各パターンが均等に出現する場合、ナンセンス変異は、存在比4.0%で、疾患の16.7%を起こす計算となり、他の塩基置換より高い疾患起因性を持つ可能性がある。ナンセンス変異、特に、ヒトの疾患起因性ナンセンス変異を他の変異から分けて解析することは十分意味のある作業と考えられた。
実際には576通りの出現は均等ではなく、脊椎動物では、CpGメチル化に伴う、CG>TG変異が好発する。ナンセンス変異では、CGA/Arg > TGA の1通りが該当し、ヒトデータベースを使用した先行研究では、CGA>TGA変異部位がナンセンス変異部位全体の20%前後であった。ところが、この方法は位置情報のみを数えるため、同じ部位の複数回の変異は何度出現しても度数1である。対象疾患で患者変異を事象として数えた場合、CGA>TGAの度数は全事象数の40%を越え、CGAコドンへの集中の度合いが従来法の約2倍になることを明らかにした。また、遺伝的浮動が関与したと考えられる、ある集団に特有で高頻度のnon CGAコドン由来変異の存在を明らかにした。治療に向けた有用な知見と考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
計画通りに進まないが、publicationに向け着実に前進し、改変tRNAの活性も確認できているため。
哺乳動物でのtRNAのアミノアシル化は、1年前に考えていたより複雑なことが分かり、当初の計画を見直した。一方で、電気泳動とノーザンブロットを組み合わせてアミノアシル化レベルを定量する技術は、予定通り再現・確立できた(RNA学会にて発表)。結果も予想した通り、新規作製改変tRNAのアミノアシル化は完全ではなかった。とはいうものの、ポスターを見た先生からは、思ったよりアミノアシル化されている、のコメントを得た。実際、アミノアシル化レベルは87%に達し、自分の感触も同じであった。 以上から、新規改変tRNAの問題を指摘して改善するアプローチは、小さな差を誤差の避けられない方法で追うことになるのでひとまず保留し、既存の改変tRNA(サプレッサーtRNA)をアレル頻度の高い疾患原因変異に適用するアプローチに切り換えた。年度内に疾患原因変異でのリードスルーの回復を、Hibitタグ (Promega) を使用して定量する段階まで進めた。 インターネットとコンピューターを使用して疾患起因性ナンセンス変異を収集・分析するドライ解析は計画以上に進んだ。理由は解析に時間と労力をかけたからであるが、2022年に入り、対象疾患の全国調査論文が公表された上に、使用ゲノムデータベースの規模が拡大更新され、扱うデータの質が高くなっていた点も大きい(トーゴーの日シンポジウム2022にて発表)。 なお、学会発表やミーテイングでのディスカッションを通して気付いたが、これまでナンセンスサプレッサーtRNA (キーワード1)と記載してきた変異tRNAは、特に哺乳動物で使用する場合、「アンチコドン改変tRNA」(キーワード2)もしくは単に「改変tRNA」と呼ぶ方が、実態に忠実で、説明しやすく理解も得られやすい。
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今後の研究の推進方策 |
アミノアシル化はtRNAの基本属性である。ナンセンス変異遺伝病と「開始tRNAを使わない翻訳」の2つの課題に共通の基本ツールである改変tRNAのアミノアシル化を正確に評価する。酵素の使用が可能なものは酵素を使用、細胞内レベルは、2022年度に確立した方法で評価し、無細胞翻訳の実験に進む。 「開始tRNAを使わない翻訳」については、培養細胞で活性を見られる強みと、基礎活性が弱い特性 (2020年度の研究成果) を生かし、培養細胞中で活性を上げる条件を検討する。
ドライ解析については、ゲノムデータベースからバリアント情報を効率よく収集する技術が2022年度は未熟であった(論文原稿は改訂済み)。今後も改良を重ね、方法として確立する。今回尿素サイクル異常症を対象とした理由は、一度に8遺伝子を扱えることに加え、自然歴の生命予後が著しく不良のためであった。実際には、150以上参照した文献の中で、日本はじめ先進国の論文では、近年の遺伝子治療以外の診療手段の発達が目覚ましく、早期診断による早期治療開始後、最終的に肝移植により治癒に至る例が存在した。今後は現在も効果的な治療法がない疾患に着目する必要がある。また、治療から疾患起因性へ視点を変え、患者変異としてナンセンス変異が報告されていない疾患原因遺伝子を検索し、疾患遺伝子であるのにナンセンス変異が存在しない理由 (教科書の数字10%から外れる理由) を、個々に検討する必要があると考えられる。
「酵素局在の変化」の分子基盤は、80Sリボソームによる正規終止コドンのリードスルーである。改変tRNA投与時に危惧される、正規タンパク質のリードスルーと類似点が存在するので、ナンセンス変異遺伝病の課題につなげて遂行する。米国の2研究室が公開した網羅的解析データを利用し、個々のデータにアクセスし、リードスルー遺伝子の詳細を明らかにすることを試みる。
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次年度使用額が生じた理由 |
[理由] ドライ解析でコンピューターを使用する時間や論文執筆・改訂に充てる時間が増え、試薬・消耗品の使用量が減ったため。また、疾患原因変異のクローニングに予想以上の時間を使い(2.5-3ヶ月。普通に考えれば原因はサイトプレファレンスであるが、最終的に人工遺伝子合成を必要とした。生物学的な背景が存在する可能性にも一応留意している)、無細胞翻訳系を使用した解析を始める時期を逸したから。 [計画] アミノアシル化の評価実験や、無細胞翻訳系を使用した実験に使用する。
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