ERAP1遺伝子欠損マウスでは、脳内のセロトニン分布に不自然な偏り(縫線核における濃度上昇や視交叉上核における濃度低下など)が生じる。同遺伝子欠損マウスで頻出する不安行動は、このセロトニン濃度異常が原因であると考えられる。これまでに、この現象を支持する知見として、ERAP1遺伝子欠損神経細胞では、セロトニン合成酵素(TPH2)の発現亢進と神経突起形成異常が認められることを明らかにしている。そこで今回、上記不安行動が脳内セロトニンに起因するかどうかをセロトニン受容体阻害剤(MetergolineおよびKetanserin)を用いて検討した。その結果、ERAP1遺伝子欠損マウスへの上記薬剤の経口投与が、一部の不安行動(尾懸垂試験時の無動時間)を緩和することを明らかにした。一方で、同薬剤投与は侵入者マウスに対する臭いかぎ行動には影響を及ぼさず、不安レベル(高架式十字迷路試験)に至っては増悪した。以上の結果は、各脳領域のセロトニンの過不足が別個に異常行動を引き起こしていることを示唆するものである。 次に、ERAP1遺伝子欠損に伴うTPH2発現亢進機構について解析した。ERAP1遺伝子欠損神経細胞のTPH2遺伝子の転写調節因子の発現量を調べたところ、TPH2の強力な発現抑制因子として知られるREST遺伝子の発現が低下していた。したがって、ERAP1機能不全はREST遺伝子の発現抑制を介してセロトニン合成を亢進することが分かった。 さらに、ERAP1遺伝子欠損に伴う神経突起形成異常の分子機構を調べるため、神経突起の形成に関与する神経成長因子とその受容体の発現量を解析した。その結果、同遺伝子欠損によって神経成長因子受容体の発現量が減少することが分かった。
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