研究課題
ヒト癌細胞に特有のWarburg効果は環境ストレス下での癌細胞の生存や悪性化進行に密接に関係している。PDK4は解糖系から呼吸系への分岐点でピルビン酸をアセチルCoAに代謝するPDHを抑制する調節分子である。我々はPDK4阻害活性を持つ低分子化合物, Cryptotanshinone(CTN)に着目し研究を進めてきた。CTNは膵臓癌細胞株及び大腸癌細胞株に対して1-10μMの底濃度でPDHのリン酸化を抑制し、mutant K-Ras蛋白の発現を抑制することで3次元スフェロイド形成を抑制する。本研究では、まずCTNがヒト膵臓癌および大腸癌細胞株において抗腫瘍効果を発揮する際のmutant K-Rasの役割について検討した。mutant K-Rasを持つ膵臓癌細胞株MIAPaCa-2とwild-type K-Rasを持つ膵臓癌細胞株BxPC-3、およびK-Ras以外の遺伝的背景が同じ大腸癌細胞株HCT116を使って検討したところ、CTNはmutant K-Rasを持つ癌細胞株に対してより強い抑制効果を示し、CNTによる癌化抑制効果は、mutant K-Rasを持つ癌細胞株に対してより有効であることがわかった。次に、MIAPaCa-2細胞にK-Ras特異的siRNAを導入したところ、CTN処理と同様に3D-スフェロイド形成能は抑制された。このとき、CTNで抑制されるAkt-mTOR経路がsi K-Rasでも抑制された。一方、CTNでは抑制された癌幹細胞蛋白のCD44やALDH1A1の発現はsi K-Rasによっては抑制されなかった。これらの結果から、CTNによる3Dスフェロイド形成の抑制におけるAkt-mTOR経路の抑制はK-Rasを介していると考えられる。我々はさらにMIAPaCa-2細胞において、CTNがグルタミン代謝を抑制し、活性酸素の産生を促進していることも明らかにした。
2: おおむね順調に進展している
新規PDK4阻害剤Cryptotanshinoneによるヒト膵臓癌細胞株および大腸癌細胞株の抗腫瘍メカニズムを解析し、今年度はまずCNTの抗腫瘍効果がmutant K-Rasを持つ難治性の膵臓癌や大腸癌に有効であることを明らかにし、その活性のなかで癌細胞の増殖に重要なAkt-mTOR経路の抑制がK-Rasの抑制に依存することを突き止めた。またヒト膵臓癌に特有のグルタミン代謝依存性のエネルギー代謝に対してもCTNが有効であることを明らかにした。グルタミン代謝を標的とした抗癌剤はまだほとんど実用化されておらず、抗癌剤開発の新しい可能性を開くものである。よって、1年目の結果としては十分期待が持てるものであり研究は順調に進捗していると考えられる。
今年度明らかにした知見をもとにさらに研究を進める。ヒト膵臓癌のエネルギー代謝はグルコースよりもグルタミンの代謝に依存している部分か多いことが報告されている。CTNによるがん化抑制の新たな標的としてグルタミン代謝がより重要であることがわかってきたので、今後はCTNがどのような分子機構でグルタミン代謝を抑制し、ひいては活性酸素の産生を高めて癌の悪性化を抑制するかを明らかにしてゆく。その際に、難治性癌におこっているK-Rasの活性化がどのような役割を果たしているのか、そしてK-Rasとグルタミン代謝との関連も解析してゆく。また、CTNはin vivoのマウス腫瘍モデルにおいても異所性(皮下接種)および同所性接種(膵臓腫瘍)の両方の実験系で有意の抗腫瘍効果を示した。in vivoではさらにCTNが癌の転移浸潤どのような効果があるのかについても検証してゆきたい。
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Molecular Carinogenesis 58, 1726-1737, 2019
巻: 58 ページ: 1726-1737
10.1002/mc.23045