大動脈解離は大動脈壁の中膜が突然破断することで発症する、重篤で予後不良の疾患である。大動脈解離の対処は発症後の外科的処置に限られており、必ずしも予後良好とは言えず、発症機序の解明と予防法の開発が急務である。病変部位における細胞外マトリックスの脆弱性が発症の一因と考えられているが、病態を反映した簡便な動物モデルが存在せず、発症機序に関して不明な点が多い。今回、我々は分泌性ホスホリパーゼA2(sPLA2)の一種であるsPLA2-Vを起点とするリン脂質代謝が大動脈解離の発症を抑制することを発見した。 全身性及び血管内皮細胞特異的にsPLA2-Vを欠損させたマウスは、Angiotensin II(AT-II)誘発性の大動脈解離を高率に発症した。その機序として、1)sPLA2-Vは大動脈血管内皮細胞に構成的に高発現しており、ヘパラン硫酸への結合を介して内皮細胞表面に存在していること、2)sPLA2-VはAT-II刺激を受けた大動脈壁の細胞膜リン脂質を分解してオレイン酸およびリノール酸を遊離すること、3)これらの不飽和脂肪酸が大動脈平滑筋におけるLysyl oxidase(LOX:細胞外マトリックスを架橋することで大動脈壁を安定化させる酵素)の発現を促進することで大動脈解離を抑制することを明らかにした。 AT-II刺激は大動脈に線維化促進因子TGF-betaの発現を誘導し、小胞体ストレスを増加させるが、オレイン酸およびリノール酸はこれを軽減し、その下流にある転写因子GATA3を抑えてLOXの発現抑制を解除することで、LOX産生を促進することがわかった。sPLA2-V欠損マウスに高オレイン酸食または高リノール酸食を与えると、大動脈解離の表現型が正常に回復した。 本研究結果から、sPLA2-Vを起点とするリン脂質代謝は大動脈解離の新しい創薬標的として有用であると考えられる。
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