研究課題/領域番号 |
19K07535
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
紙谷 尚子 東京大学, 大学院医学系研究科(医学部), 講師 (40279352)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ピロリ菌 / CagA / 胃がん |
研究実績の概要 |
日本人の胃がん患者においては、ほぼ全てがcagA陽性ピロリ菌感染者である。ピロリ菌は菌体内で産生したCagAタンパク質をヒト胃上皮細胞内に直接注入する。申請者は先行研究において、CagA陽性細胞でDNA二本鎖切断が蓄積することを見出している。DNA二本鎖切断が修復されずに蓄積すると細胞死が誘導されることに加え、遺伝子欠損や染色体転座などのゲノム不安定性に繋がる。CagA依存的なDNA二本鎖切断の蓄積が発がんにおいて重要な役割を担うという仮説を立て、CagAがDNA二本鎖切断を誘導するメカニズムの解明に向けて研究を実施した。 CagAはヒト胃上皮細胞内でチロシンリン酸化修飾を受け、このリン酸化依存的にSHP2に結合する。一方、CagAは自身のCM配列を介してリン酸化非依存的にPAR1bに結合し、そのキナーゼ活性を抑制する。変異型CagA発現ベクターを用いた実験で、CagAはチロシンリン酸化に非依存的かつCM配列依存的にDNA二本鎖切断を誘導することが明らかになった。さらに、PAR1b特異的siRNAを用いてPAR1bノックダウン実験を行ったところ、CagA発現と同様にDNA二本鎖切断が誘導された。以上の結果から、CagAはPAR1b抑制を介してDNA二本鎖切断を誘発することが示唆された。 ピロリ菌感染実験においてcagA陽性ピロリ菌はcagA陰性ピロリ菌に比べて活性酸素種(ROS)誘導能が高いことが報告されている。そこで、CagAによるDNA二本鎖切断誘導におけるROSの関与を検討した。ヒト胃上皮細胞由来の培養細胞にCagAを発現させ、ROS検出試薬CellROXによりROS産生を調べたが、CagA発現細胞でのROS誘導は認められなかった。また、抗酸化剤処理によってもCagA依存的なDNA二本鎖切断の誘導は抑制されなかった。以上の結果から、ROSの関与は否定された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでに他の研究グループから、ピロリ菌感染細胞でDNA二本鎖切断が蓄積することが報告されていたが、その分子機構は不明であった。申請者は先行研究において、ヒト胃上皮細胞由来の培養細胞にピロリ菌CagAを発現させると、CagA単独でDNA二本鎖切断を誘導することを見出していた。そこで本研究では、CagA依存的なDNA二本鎖切断の誘導機構を解明することを目的とした。DNA二本鎖切断が生じる一因としてROSの関与が広く知られていることに加え、ピロリ菌の感染によってもROSが発生することが報告されている。よって、ROSが関与する可能性が考えられたが、本研究においてROSの関与は否定された。一方、DNA二本鎖切断の誘導に必要なCagAの責任領域を検討し、CagAのCM配列が重要な役割を担うことを見出した。CagAはCM配列依存的にPAR1bに結合することからPAR1bの関与を検討し、PAR1b抑制が直接的にDNA二本鎖切断を引き起こすことを明らかにした。従って、ピロリ菌感染からDNA二本鎖切断に至る分子機構として、CagAによるPAR1b抑制が中心的な役割を担うことが明らかとなった。以上の進捗状況から、本研究は研究実施計画通りに順調に研究が進展していると判断される。
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今後の研究の推進方策 |
PAR1bは上皮細胞極性の形成・維持に必須の役割を担うSer/Thrキナーゼである。これまでに申請者らは、CagAがPAR1bのキナーゼ活性ドメインに結合し、そのキナーゼ活性を抑制する結果、上皮細胞極性と上皮細胞間のタイトジャンクションを破壊することを報告している(Saadat et al. Nature 447, 330-333, 2007)。本研究では、ピロリ菌CagAがPAR1bに結合する結果、DNA二本鎖切断を誘導することを明らかにした。PAR1b特異的siRNAを導入したPAR1bノックダウン細胞でもDNA二本鎖切断が誘導されたことから、CagAの細胞内標的分子としてPAR1bが重要な役割を担うことは明らかである。しかしながら現時点では、CagAによるPAR1bのキナーゼ活性の抑制が必要なのか、あるいは、CagA-PAR1b結合によりPAR1bの細胞内局在異常などが誘導されることが必要なのかについては不明である。そこで、今後の研究計画として、CagA依存的なDNA二本鎖切断の誘導において、PAR1bのキナーゼ活性の抑制が関与するか否かを明確にしたいと考えている。キナーゼ活性抑制が関与するか否かに応じて、その後の研究計画を変更する。キナーゼ活性抑制が関与する場合には、PAR1bがリン酸化する新規基質分子の探索に着手する。一方、CagA-PAR1b結合自体が重要な役割を担う場合には、CagAの有無によるPAR1b相互作用分子の変化を解析する。
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