黄色ブドウ球菌は院内感染の主要な原因菌であり、敗血症や創部感染などの感染症を引き起こす。本菌による感染症の難治化要因として、耐性遺伝子の獲得・発現による薬剤耐性化とバイオフィルムと呼ばれる薬剤抵抗性の菌-マトリックス集合体の形成による薬剤抵抗性の獲得が挙げられる。これまでの研究において、黄色ブドウ球菌の薬剤耐性と薬剤抵抗性に細胞壁ターンオーバー因子が関与することが示唆されている。本研究では、細胞壁ターンオーバーと薬剤耐性・抵抗性がどのような分子機構によって結びついているかを理解し、黄色ブドウ球菌による難治性感染を効果的に制御するための基盤構築を目指す。 2022年度はすでに取得していたバイオフィルム阻害剤JBD1の分子作用機序の解析を実施した。JBD1は、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌を含む複数の黄色ブドウ球菌臨床分離株に対して高いバイオフィルム形成阻害活性を示した。JBD1は細胞壁の肥厚化を誘導することから、JBD1の作用機序には細胞壁ターンオーバーとの関わりがあるものと推測された。トランスクリプトームおよびメタボローム解析を行った結果、JBD1存在下においてアミノ酸の合成や輸送に関連する遺伝子の発現低下と細胞内アミノ酸構成パターンの顕著な変化が観察され、JBD1が黄色ブドウ球菌の代謝リモデリングを誘導することが示された。代謝プロファイルの大きな変化は細胞壁構造に影響を与えている可能性がある。上記の表現型に対するJBD1の効果は、いずれも過剰量のメナキノンの添加によって呼吸活性を抑制することで打ち消されたことから、JBD1による黄色ブドウ球菌の細胞呼吸の亢進がバイオフィルム形成阻害と代謝リモデリングの引き金になっていることが示唆された。
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