研究課題/領域番号 |
19K07549
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研究機関 | 崇城大学 |
研究代表者 |
下野 和実 崇城大学, 薬学部, 教授 (30415187)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | トランスポーター / エントロピー / 多剤認識 / 疎水性相互作用 / 合理的医薬品設計 / 水分子 |
研究実績の概要 |
本研究は,EmrEをモデルとして病原菌の多剤耐性化の一因である多剤排出トランスポーターと薬物との結合力を生み出す機構を熱力学的に解釈し,新規阻害薬創成へと応用することを目的とする。昨年度,基質結合におけるpH依存性に大きな役割を果たすエントロピー効果は,EmrE分子内部の水分子の放出による脱水和エントロピーが主要因であることを明らかにした。本年度は,主に計算科学的手法により基質結合に伴い排除される水分子の解析に焦点を当て,以下の2つのことを明らかにした。 1)EmrEにおいて基質結合に伴い排除される水分子のエントロピー効果を検討するために,細菌オリゴペプチドトランスポーターをモデルに手法の確立を行なった。ドッキングプログラムAutoDockに基づいたWaterDockによる予測と3D-RISM理論に基づいた予測の精度と結合エネルギーへの寄与を検討した結果,両者ともに結晶構造で報告されている水分子の配置を高精度で予測できた。しかし,水分子の排除エネルギーの解釈では3D-RISM理論による予測の方が,より妥当な解釈が可能であると判断した。 2)3D-RISM理論によりEmrEと基質が結合する際に排除される水分子の解析を行った。pH5.8で明らかにされたNMR構造を鋳型とした場合,基質結合やプロトン輸送に重要である2つのGlu14と強固に結合していると考えられる水分子のうち,3つの水分子が排除されると推察された。一方,pH6.8で明らかにされた結晶構造をもとにした計算構造を鋳型とした場合,2つのGlu14付近の6つの水分子が排除される可能性があることを明らかにした。この違いが,pH依存的なエントロピー効果に関与していると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
補助事業期間中にはEmrEの基質結合の熱力学特性を明らかにし,計算化学的手法により,水分子排除および静電相互作用によるエネルギー利得を見積もり,定量的に結合エネルギーの寄与を明らかにする。コロナ禍において試料調製や熱量測定など共同研究による進展が滞ったことから,本年度は,主に計算科学的手法による解析を進めた。 水分子の解析手法の確立では,細菌オリゴペプチドトランスポーターを用いた。この理由は,共同研究者によって多数の基質による熱力学データがあることと,複数のトランスポーターの結晶構造が報告されているからである。まず,熱力学データのある基質の分子ドッキング計算を行なった。既知基質結合型結晶構造を鋳型としてAutoDock4とAutoDock vinaによる計算結果を比較した結果,ジペプチドのような両性イオン低分子では,AutoDock4の方が結晶構造を良く再現できた。さらに水分子の予測では,WaterDockと3D-RISMを検討した結果,基質およびタンパク質,基質タンパク質複合体を別々に予測でき,さらに水分子の相互作用エネルギーを詳細に検討できる3D-RISMを採用した。これら分子ドッキング計算と水分子予測計算手法の確立に多くの時間を費やした。2021年にpH5.8でのEmrEのNMR構造が報告されたことにより先のpH 6.8の構造と考えられる計算構造と合わせて,立体構造に基づくpH依存的熱力学量の解釈が可能となった。2種類の構造を用いた3D-RISMによる水分子を解析結果,pHが高いと多くの水分子が排除される可能性を見出した。 本年度は,さらにより簡便な,より安価な大量試料調製のために,大腸菌を用いた大量発現系構築に着手した。以上より,本年度の成果として目立った進展が見られなかったが,次年度以降に大きな成果を生み出す準備が整ったと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
本年度明らかにしたEmrEの水分子の役割について,より詳細な検討を行い,基質結合エネルギーにおけるエントロピーの効果を定量的に解釈する。また,昨年度明らかにしたAsp84とHis110の静電相互作用による立体構造変化について,pHの異なる2つの構造をもとに詳細に解析し,EmrEの基質輸送サイクルにおける基質親和性制御機構を明らかにする。 さらに,pHだけでなくギブズエネルギー変化も考慮したエンタルピーエントロピー補償解析により,より正確な結合パラメータを算出し,熱力学特性を考慮したEmrEの基質結合メカニズムを明らかにしていく。 変異体や多種類の基質の熱力学情報と,コンピューターシミュレーションによる結合親和性の大規模スクリーニングから定量的に結合エネルギーの寄与を明らかにして新規阻害薬創成につながる知見を得る。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は,北海道大学との共同研究として熱量測定を計画していたが,新型コロナ感染症拡大を受け,次年度への延期を余儀なくされた。そのため旅費として計上していた予算が,次年度使用額となった。次年度では,共同研究遂行のための旅費に充てる予定である。
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