本研究は,病原菌の多剤耐性化の一因である多剤排出トランスポーターが多くの薬物を認識できる機構を熱力学的に解釈し,新規阻害薬創成へと応用することを目的とする。本年度は,主に大腸菌多剤排出トランスポーター,EmrEと基質であるTPP誘導体との相互作用に伴う熱力学量変化を解析し,さらに,これまでの成果を統合し,以下の2つのことを明らかにした。 1)TPPの1つのフェニル基をアルキル基に置換した誘導体TPCnPは,アルキル鎖の炭素数の偶奇により水和する水分子の数が異なり,偶奇効果が見られることが知られている。アルキル鎖長nを1から4のTPP誘導体のEmrEへの結合に伴う熱力学量を解析した結果,TPCnPのΔSbindには偶奇効果が認められなかった。また,エンタルピー・エントロピー補償則の解析では,アルキル鎖炭素数が1のTPMP以外では,脱水和エントロピーが等しく排除水分子の数が同じであると考えられる。これらのことから,排除水分子は,基質ではなく,主にEmrE内部水であると考えられる。一方,結合エンタルピー(ΔHbind)に偶奇効果が認められた。EmrEとTPCnPの結合を予測した結果,TPCnPの末端メチル基とPhe44はCH/π相互作用をしていると考えられ,結合エンタルピーの偶奇効果の主要因であると考えられる。 2)熱力学情報に基づくTPP誘導体の分子設計では,静電相互作用の導入(エンタルピー利得)よりも水分子排除(脱水和エントロピーの利得)の方が有効であり,より結合の強い分子を効率よく設計できる可能性がある。また,EmrEに強く結合している水分子を排除する必要がある場合は,水素結合を補完するような水酸基などの極性基またはイオンを導入する必要があると考えられる。この考えをもとに,設計した分子のドッキングシミュレーションでは,結合スコアの改善が見られた。
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