研究課題/領域番号 |
19K07565
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
常田 聡 早稲田大学, 理工学術院, 教授 (30281645)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | persiter / エネルギー代謝 / ATP / 乳酸デヒドロゲナーゼ / SOS応答 / 抗菌薬抵抗性 |
研究実績の概要 |
細菌集団の中には一部で表現型を変化させた休眠状態の細菌が存在しており、抗菌薬から生き残ることが知られている。生き残った個体(persister)は抗菌薬が除かれると覚醒し、増殖を開始するため、感染症の難治化および再燃を引き起こす。さらに、persisterは感染症患者内に長期間潜伏することによって耐性菌形成を促進させるため、persisterを効率よく根絶させることが重要な課題となっている。従来、persisterはエネルギー代謝が枯渇した状態にあることが一般的であるとされていたが、本研究室の先行研究により、乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子(ldhA)を過剰発現した大腸菌は、エネルギー代謝が増加することによって抗菌薬に対する抵抗性を高める新たなタイプのpersisterであることが示唆された。 本研究ではエネルギー代謝を介したldhA発現によるpersister形成のメカニズムを明らかにすることを目的とした。そして、ldhA発現によるpersister形成阻害因子を探索することによって、persisterの根絶を目指した新たな感染症治療法を確立することを目指す。 令和元年度は、大腸菌をモデル微生物として用い、ldhA発現による好気呼吸への影響を調べるため酸素消費率およびATP合成酵素発現量の測定を行った。その結果、ldhA過剰発現によってATPが増加した理由はATPの消費が抑制されたためであると考えられた。また、ldhA過剰発現株において、ATPを消費するpersister経路であるSOS応答の制御遺伝子recAの発現量が有意に増加することがわかった。このことから、ldhA発現により抗菌薬投与前にATPが蓄積されることによって、DNA損傷時にSOS応答を介したDNA修復が活発に起こり、抗菌薬投与下でも生存できることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究では臨床的に意義のある細菌株を分譲機関や臨床施設から取り寄せることを考えていたが、令和元年度から学内での病原体の取扱いルールが変わったことや、海外の分譲機関から菌株を取り寄せるための手続きに予想以上の時間を要することが判明したため、使用菌株の変更が必要となり、実験のスタートが遅れてしまった。
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今後の研究の推進方策 |
1)モデル微生物として大腸菌を用い、SOS応答制御遺伝子であるrecAの欠損株およびrecA欠損+ldhA過剰発現株、さらにldhA過剰発現株とコントロール株を用い、4株の抗菌薬処理後の生存率を比較する。この結果に基づいて、ldhAによるpersister形成とSOS応答の関係性を明らかにする。また、ldhA発現により、recAが活性化されるメカニズムを探索する。まずは、ldhA発現によりDNA損傷が引き起こされ、その結果recAが活性化するという仮説を立て、その可能性を検証する。 2)臨床応用を踏まえ、尿路感染性大腸菌(UPEC)を用いて実験を進める。ATP濃度に応じて蛍光色が変化するタンパク質QUEENの遺伝子を導入したUPECをマイクロ流体デバイス内で培養し、1細胞ごとのATPレベルが経時的に測定できるようなシステムを構築する。このシステムを用いて抗菌薬抵抗性の高い細胞のATPレベルを評価する。また、QUEEN遺伝子を導入したUPECに対して様々なストレスを与え、蛍光強度の違いからfluorescence activated cell sorting (FACS) でATPレベルが高い細胞集団と低い細胞集団を分取する。それらの集団における各種遺伝子発現レベルおよび抗菌薬抵抗性を比較することで、エネルギー代謝を介したldhA発現によるpersister形成のメカニズムに迫る。
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次年度使用額が生じた理由 |
実験に使用する菌株を海外から取り寄せるための手続きに予想以上に時間がかかってしまい、一部の実験の開始が予定より遅れてしまったため次年度使用額が生じた。この分については、翌年度分として請求した助成金と合わせて、ATP測定用のレポーター株の作製および遺伝子発現解析費用にあてる。
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