近年、腫瘍形成や癌細胞増殖の恒常的維持におけるミトコンドリアの関与が示唆されているが、固有のがん種に応じたミトコンドリアの形態・機能制御の分子メカニズムは未解明である。これまで研究代表者の所属研究室は、エストロゲン受容体(ER)陽性乳癌において、ER標的遺伝子の転写抑制因子であるPHB2を、足場タンパク質BIG3が細胞質にて不活性化することを明らかにしており、PHB2再活性化による抗腫瘍効果を目指したBIG3-PHB2相互作用阻害ペプチド(stERAP)を開発し、現在、前臨床試験を進行中である。一方で研究代表者は、トリプルネガティブ乳癌(TNBC)において、BIG3高発現群は予後不良であり、stERAPによるTNBC細胞株の増殖抑制効果を確認したが、ER陽性乳癌と全く異なり、TNBCのBIG3-PHB2複合体はミトコンドリアに局在し、複数のミトコンドリア因子群と相互作用することを見出した。興味深いことに、BIG3ノックダウンまたはstERAP処理にてミトコンドリアの異常伸長が観察され、同定したBIG3-PHB2相互作用因子群もBIG3から解離すること、さらにミトコンドリア-小胞体コンタクトの解離が生じ、細胞増殖の抑制が観察された。以上の結果から、BIG3-PHB2を中心としたミトコンドリア因子巨大ネットワークがTNBCの脆弱性となり、治療標的の可能性が示唆された。最終年度では、BIG3-PHB2複合体破綻によるミトコンドリア形態異常惹起のメカニズム、特にミトコンドリア機能異常のイベントの時系列解析を進め、stERAP投与数時間でのミトコンドリア内カルシウム濃度およびミトコンドリア膜電位の一過的上昇さらに活性酸素種ROSの発生が生じることを明らかにした。今後これらイベントの阻害剤あるいはBIG3-PHB2複合体構成因子の低分子阻害化合物を用いた因果関係の証明が課題である。
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