研究課題/領域番号 |
19K07645
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研究機関 | 札幌医科大学 |
研究代表者 |
時野 隆至 札幌医科大学, 医学部, 教授 (40202197)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | がん抑制遺伝子 / p53 |
研究実績の概要 |
p53はヒト悪性腫瘍で最も高頻度に変異している遺伝子であるが,「がん抑制遺伝子」であるためp53経路をターゲットとした抗がん剤の開発は遅れている.そのためp53転写ネットワークの全貌を解明することは,がんゲノム情報にもとづいたがん治療に有望な分子標的治療薬の開発につながることが期待できる. 本年度は,p53の活性化に関与する長鎖非コードRNA (long non-coding RNA; lncRNA) を探索した.本研究では,TCGA (The Cancer Genome Atlas)のがんゲノムデータを利用して,正常大腸上皮細胞と比較して大腸がん細胞で高発現し,かつ高発現群で予後不良と相関するlncRNAを10個同定した.このうちの1つのlncRNAに注目し,正常型p53遺伝子をもつ大腸がん細胞株HCT116(p53+/+)においてこのlncRNAをノックダウンし,次にRNAシーケンス (RNA-seq) により発現変動遺伝子を網羅的に解析した. その結果,コントロールHCT116(p53+/+)細胞と比較してこのlncRNAノックダウンHCT116(p53+/+)細胞で,p53の代表的標的遺伝子遺伝子CDKN1A(p21タンパク質をコード)の発現が最も有意に上昇していた.そこで,第16番染色体に位置するこの長鎖非コードRNAをlnc53AC(仮称)と名付けた.p53遺伝子をノックアウトしたHCT116(p53-/-)細胞ではCDKN1A遺伝子の発現上昇は見られず,lnc53ACはp53依存的にCDKN1A遺伝子の転写活性化することを確認した.ボルケーノプロット分析とウエスタンブロット解析により,lnc53ACノックダウンはp53遺伝子を翻訳レベルあるいは翻訳後修飾に影響を及ぼしp53を活性化することがわかった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
正常型p53遺伝子をもつ大腸がん細胞株HCT116(p53+/+)においてlnc53ACをノックダウンし,次にRNA-seqにより発現変動遺伝子を網羅的に解析し,ボルケーノプロット法による分析を行った.その結果,コントロールHCT116(p53+/+)細胞と比較してlnc53ACノックダウンHCT116(p53+/+)細胞で,p53の代表的な標的遺伝子遺伝子CDKN1A(p21タンパク質をコード)の発現が最も有意に上昇していた.p53遺伝子をノックアウトしたHCT116(p53-/-)細胞では,lnc53ACノックダウンによるCDKN1A遺伝子の発現上昇は見られず,lnc53ACはp53依存的にCDKN1A遺伝子の転写活性化することを確認した. 上記のRNA-seq解析データから,HCT116(p53+/+)細胞においてlnc53ACノックダウンはp53遺伝子の転写には影響を及ぼさないことも明らかである.ウエスタンブロット解析により,lnc53ACノックダウンはp53遺伝子を翻訳レベルあるいは翻訳後修飾に影響を及ぼしp53を活性化することがわかった.また,HCT116(p53+/+)細胞のRNA-seq解析データから,lnc53ACノックダウンによりp53の標的選択性に影響を及ぼすことも明らかにした.
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方策として,(1)lnc53ACノックダウンがp53を活性化する分子メカニズムを解明する(翻訳レベルあるいは翻訳後修飾に及ぼす効果を調べる).(2)lnc53ACノックダウン後のp53活性化による標的遺伝子転写誘導の分子メカニズムおよび標的選択性の特徴を解析する.(3)大腸がん細胞におけるlnc53ACの発現上昇の分子メカニズムを解明する.(4)大腸がん症例におけるlnc53AC遺伝子変異および遺伝子増幅を探索する.このlnc53ACのように,大腸がん細胞で高発現し,かつ高発現群で予後不良と相関する長鎖非コードRNA遺伝子の同定は,がんの予後予測および分子標的治療薬の開発に発展できることが期待できる. 現在,本年度の研究結果の確認実験も行っている,これらの研究成果をまとめて学術論文として投稿する予定である.
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次年度使用額が生じた理由 |
近年,複数の腫瘍細胞株および臨床症例について,臨床データと遺伝子変異,RNA-seq,ChIP-seq等の解析結果で広く利用可能となっている公開データベースが益々増えている.そのため次世代シーケンサーを利用したRNA-seq,ChIP-seq,遺伝子変異解析実験に関わる高価な試薬の節約ができた.次年度の使用計画として,本年度の研究結果の確認実験に未使用額をその経費に充てることとしたい.
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