本研究は、悪性脳腫瘍である膠芽腫の9割を占め、最も予後不良であるIDH (イソクエン酸脱水素酵素) 野生型の膠芽腫に着目し、エピジェネティクス変化であるDNA低メチル化の制御機構および生物学的意義を探ることを目的としたものである。特に、同腫瘍で高頻度に観察されるmTORC2 (mechanistic target of rapamycin complex 2) 異常とDNA低メチル化の関連を解析することで、mTOR依存的なエピゲノム変化に介入する新規治療戦略の構築を目指す。 初年度は、mTORC2経路の異常が、DNAメチル基転移酵素の一つであるDNMT3Aの発現制御を介してDNAメチル化を減少させる、新規のがんDNAメチル化制御機構を明らかとした。また、前年度は、mTORC2依存的なDNAメチル化の減少が、神経回路網の形成や神経発生に関与する遺伝子群の発現と関連することを網羅的解析により同定した。 上記の結果に基づき、当該年度は、同定された標的遺伝子群の腫瘍生物学的な意義と治療応用の可能性を検討した。神経回路網形成の関連遺伝子群が変化するという結果から、mTOR依存的なDNA低メチル化により制御される特定の遺伝子群として、グルタミン酸代謝に関連する一連の遺伝子群を絞り込む事が出来た。注目すべき事に、同経路の抑制により、膠芽腫細胞の増殖および浸潤能を抑制する事が可能であった。 これらの結果から、悪性脳腫瘍である膠芽腫では、mTORC2の異常シグナルにより誘導されるDNA低メチル化形質が、グルタミン酸代謝を介して腫瘍細胞-神経細胞間のネットワーク形成に重要な役割を果たすことが示唆される。将来的には本知見を基に、グルタミン酸代謝を介する腫瘍細胞間ネットワークの破綻を狙う新規治療戦略の構築が期待される。
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