研究課題/領域番号 |
19K07686
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
石村 昭彦 金沢大学, がん進展制御研究所, 助教 (80375261)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | エピジェネティクス / 乳がん / がん悪性化 / がん細胞 |
研究実績の概要 |
がんの発生・悪性進展過程において、がんに関係する遺伝子自身の異常(ドライバー変異)のみならず、その遺伝子を取り巻く環境の変化(エピジェネティック変異)が高頻度に報告されている。しかし、両者の相互作用とそれが及ぼす影響は、意外なほど理解されていない。 本研究では、ドライバー変異による乳がん悪性形質獲得と協調的に作用するエピジェネティック制御因子を同定することを目的に、120種類のエピジェネティック制御因子から構成された「Epigenetic sgRNA ライブラリー」を作製した。そして、乳がんで最も高頻度に遺伝子の不活性化や変異が観察されている、がん抑制遺伝子P53を欠損させた 乳がん細胞へ、ライブラリー由来レンチウイルスを感染させ、がん悪性化に関わる細胞の「幹細胞性」を指標にCRISPR/Cas9スクリーニングを行った。 その結果、ヒストン脱メチル化酵素KDM Xを同定した。細胞学的解析の結果、KDM Xの発現を人為的に低下(ノックダウン)させたとき、乳がん細胞株のもつ悪性形質、幹細胞性や浸潤活性が有意に上昇した。臨床データ解析の結果、KDM Xは(予後の悪い乳がんサブタイプである)トリプルネガティヴ型乳がん患者組織で発現レベルが最も低下しており、その発現低下は予後不良と関係していた。従ってKDM Xは、これまで乳がん悪性化について報告のない、新規のがん抑制遺伝子である可能性が示唆された。 KDM XおよびP53ノックダウン細胞では、KDM Xの標的とするエピジェネティック・マーク(ヒストンH3のメチル化修飾)が上昇していた。今後、「KDM X」、「P53」、「エピジェネティック・マーク」、これら三者の関係性を明らかにし、ドライバー変異を起点としたエピジェネティックな発現制御異常と乳がん悪性化の関係性を明らかにしいく。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまで研究代表者は、ドライバー変異による乳がん悪性形質獲得と協調的に作用するエピジェネティック制御因子を同定することを目的に、120種類のエピジェネティック制御因子から構成された「Epigenetic sgRNA ライブラリー」を作製した。次に、P53欠損 MCF7細胞へライブラリー由来レンチウイルスを感染させ、スフィア形成能を指標にCRISPR/Cas9スクリーニングを行った。 その結果、ヒストン脱メチル化酵素KDM3Bを含む複数のエピジェネティック制御因子が候補因子として同定された。TCGA解析の結果、KDM3Bはトリプルネガティヴ型乳がん組織やP53変異型乳がん組織で有意に発現減少しており、KDM3B低発現乳がん患者群は、有意に予後不良を示した。以上より、悪性化乳がんにおいて、KDM3Bは新規がん抑制遺伝子候補である可能性が示唆された。KDM3Bノックダウン実験を行った結果、P53欠損MCF7細胞のスフィア形成能、MDA-MB-231細胞やHs578T細胞の細胞浸潤能がコントルール細胞と比べて有意に上昇することが観察された。また、上記のノックダウン細胞で観察された表現型異常は、野生型KDM3Bの過剰発現によってキャンセルできた。一方、酵素不活性型の変異KDM3Bを過剰発現させたときは、野生型で観察された表現型のレスキューは観察されなかった。このことから、KDM3Bのヒストン脱メチル化酵素活性が乳がん悪性化の関係性を理解する上で重要である可能性が強く示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題であるCRISPR/Cas9スクリーニングを継続的に取り組み、新たな乳がん悪性化に関わるエピジェネティック制御因子の同定を試みる。既に同定されているKDM3Bに関しては、細胞学的解析や情報学的解析の結果、新規の乳がん悪性化因子であることが強く示唆されている。これまでKDM3Bは、抑制的エピジェネティック・マーク、ヒストンH3、9番目リジンのジメチル化修飾(H3K9me2)に対する脱メチル化酵素として報告されている。研究代表者は、抗H3K9me2抗体を用いたウエスタンブロット解析を行った結果、KDM3BおよびP53ノックダウン細胞内のグローバルなH3K9me2レベルが上昇していることを観察した。このH3K9me2修飾は、高次クロマチン構造、ヘテロクロマチンのマーカーのひとつとして知られている。よって、KDM3Bの発現低下が特定の標的遺伝子の発現を制御するだけでなく、より広域なヘテロクロマチン性状変化を核内で誘導し、がん悪性進展に関わる可能性が示唆された。今後、次世代シークエンサーを用いたトランスクリプトーム解析やエピゲノム解析を行う。そして、KDM3BおよびP53不活性化に伴うH3K9me2性状変化と乳がん悪性化の関係性を分子レベルで明らかにし、KDM3Bが司るエピジェネティック制御の可塑性を標的とした、乳がん悪性進展に対抗しうる分子標的戦略の開発に繋げる。また同時に、本スクリーニングによって同定された他の候補遺伝子についても、KDM3Bに関する研究と平行して解析を進める。
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