研究課題/領域番号 |
19K07829
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
石井 聖二 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 特任講師 (50468493)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 一次繊毛 / 大脳皮質 / 樹状突起 / アルコール曝露 / 環境ストレス |
研究実績の概要 |
大脳皮質特異的に一次繊毛の形成に重要なIft88を欠損した、コンディショナルノックアウトホモマウス(cKOマウス)の生後7日目(P7)の新生児にアルコールを曝露すると、コンディショナルヘテロマウス(cHETマウス)にアルコールを曝露した群と比較し、大脳皮質ニューロンの細胞質内に特異的な斑点状の活性型Caspase-3シグナルが多数散在する事をこれまでに見出した。そこで、麻酔薬として使用されていたケタミンを使用することにした。これまでにケタミンが小児期の中枢神経系の正常発達に障害が生じる環境ストレスであることが知られている(Huang L. et al, Sci Transl Med., 2016)。そこでケタミンを曝露すると、アルコール曝露と同様に細胞質内で斑点状にCaspase-3が活性化されることを見出した。 次に、複数のグループによるこれまでの報告から、臨界期後に一次繊毛に依存して誘導されるストレス応答シグナルとしてIGF1-Akt経路の活性化が考えられた。そこで、P7のcKOマウスにアルコールを曝露すると、IGFR受容体の活性化が見られない一方で、P7のcHETマウスにアルコールを曝露した群ではIGFR受容体の活性化が観察された。また、cKOマウスにアルコールを曝露したマウスにAktのアゴニストを投与したところ、cHETマウスにアルコールを曝露したマウスにAktのアゴニストを投与した群と同程度まで、斑点状の活性型Caspase-3シグナルの活性化が抑えられることを見出した。 以上から、環境ストレスに応答する、一次繊毛を起点とした内因性のIGF1-Akt経路活性化機構が存在することが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究代表者のこれまでの結果から、臨界期後に、一次繊毛の出現に依存して誘導されるストレス応答シグナルとしてIGF1-Akt経路が考えられ、この経路の活性化が、神経細胞が環境ストレスに対する抵抗性を獲得する一因となっている可能性が考えられた。そこで、ストレス応答に対する臨界期の概念、及びその動的変化を制御する分子基盤を明らかにするため、環境ストレス下での一次繊毛を介したIGF1-Aktシグナル活性化の解析を行った。研究代表者は作製した大脳皮質特異的に一次繊毛を欠損したマウス(cKOマウス)を用い、生後7日目のcKOマウス群にアルコールを曝露すると、大脳皮質ニューロンの細胞質内に特異的な斑点状の活性型Caspase-3シグナルが多数散在する事、また、大脳皮質の第5層ニューロンにおける樹状突起の発達不全が観察されることが明らかとなった。そこで、アルコールを曝露した生後7日目のcKOマウスにAktアゴニストを投与したところ、斑点状の活性型Caspase-3シグナルが抑制され、さらに大脳皮質の第5層ニューロンにおける樹状突起の発達不全が回復することを見出した。 以上から、研究代表者は、中枢神経系の発生においてストレス臨界期を制御する一次繊毛の意義を明らかにした。また、本研究により、環境ストレス存在下において、リガンドであるIGF1非依存的に、活性型IGF1受容体が一次繊毛膜上に集積し、ストレス応答機能を発揮することを証明し、一次繊毛を介した環境ストレス応答機構という新たな概念を提唱することができると考えられた。研究代表者は、これまで得られた結果をまとめ、現在論文として投稿中である。従って、研究計画はおおむね順調に進行していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
ゴルジ体のトラフィッキングが阻害された樹状突起、あるいはゴルジ体が局在しない樹状突起は、長さ、分岐数がともに低下する (Horton A.C. et al, 2005)。また、ゴルジ体関連タンパク質であるGRASP65は活性型Caspase-3によって切断されることが知られている(Lane J.D. et al, 2002) 。従って、アルコールを投与したcKOマウスにおける活性型caspase-3の蓄積がGRASP65を切断し、その結果ゴルジ体のトラフィッキングが起こらなくなり、樹状突起の伸長および分岐が阻害される可能性が考えられる。今後の方策としては、まず、アルコールを投与したcKOマウスの樹状突起内に存在するゴルジ体において、活性型Caspase-3によりGRASP65が切断されているかどうかを免疫染色により解析する。さらに、Aktアゴニストの投与により、GRASP65の切断が抑えられるかを検証する。次にcKOマウスの胎生14日目大脳皮質由来の神経幹細胞に、ゴルジ体を可視化できるGalactose-1-phosphate uridyl transferase (GalT)にVenusを融合させたプラスミドを導入し、ニューロンに分化させる。次に、ニューロン中のGalT-Venus陽性領域にレーザーを集光し、褪色させた後、その領域に流入するVenusの蛍光強度の回復を解析する方法を用い、アルコール存在下でのcKOマウス由来ニューロンにおいてVenus分子の回復する速度が遅くなるかどうかを検討する。以上の実験により、一次繊毛を起点とした樹状突起の伸長および分岐を制御する機構を解明する。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度の実験計画のために、今年度分に使用予定の物品費を、来年度分に計上する必要があったため。
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