研究課題/領域番号 |
19K07857
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研究機関 | 近畿大学 |
研究代表者 |
米重 あづさ 近畿大学, 医学部, 助教 (70586750)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 神経変性 / アポトーシス / グリオーシス / 静水圧力 / 神経接着分子 / 鉄結合蛋白質 |
研究実績の概要 |
緑内障や水頭症において病的内圧上昇は神経変性の一因と考えられているが、汎用性や再現性の高い神経病態モデルが少ないため実験的証明が困難であり、分子機序は未だ解明されていない。本研究は緑内障における眼圧上昇と網膜神経節細胞変性との因果関係を明確にし、その病態形成の分子基盤を解析することを目的とする。方法として申請者らが独自に開発した細胞培養加圧装置を用いて圧上昇と神経節細胞変性との相関解析を行い、申請者らによる先行研究に基づいて着想した2つの仮説:神経接着分子Cell adhesion molecule 1 (CADM1)の酵素的切断産物の蓄積による神経軸索変性;鉄イオン制御分子Lipocalin 2 (LCN2)の発現上昇による神経細胞死誘導を検証する。本年度はLCN2と網膜変性との関連を中心に研究計画を推進し、ほぼ完了している。本研究報告は内圧上昇によるLCN2発現上昇を実験的に証明した点において重要であり、その結果グリオーシスを伴う網膜神経節細胞死が誘導されることを明らかにし、動物モデルにおいても再現されることを示した。また、これらの神経変性現象が鉄イオンのキレート剤添加によって減弱されることを明らかにすることによって、緑内障の治療薬開発につながる可能性も示唆した。LCN2の発現上昇は緑内障だけでなく、アルツハイマー病やパーキンソン病などの中枢神経系変性疾患においても報告されている。今後はLCN2の発現上昇に至る発現誘導機構や、LCN2高発現によって活性化する因子の探索など細胞内情報伝達経路を解明することによって、LCN2と神経変性との関連をより詳細に明らかにすることが必須であろう。他方で、来年度はもう一つの仮説の検証を重点的に実施する予定であり、既に共同研究において一定の成果を得るなど準備状況は良好である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず病的内圧上昇の実験モデル構築のため、自作の細胞培養加圧装置において培養可能な試料および条件の検討を行った。不死化網膜神経細胞株であるRGC-5細胞、幼若マウス網膜から樹立した初代神経細胞、成体マウス網膜の組織培養の3つの試料について、細胞培養加圧装置下で培養可能か形態学的観察とPI染色による死細胞検出で評価した。RGC-5細胞および初代神経細胞では細胞培養加圧装置下2日目には本来の細胞形態が保持されておらず、またRGC-5細胞については細胞株自体の起源が疑問視されている現状も鑑みて、両細胞培養系は本実験の目的には不適であると判断した。一方、網膜組織培養では、生体外1週間後まで組織形態を保持したまま培養可能であったが、成体マウス網膜を用いた従来の報告と一致してPI陽性細胞が3日後から急激に増加することが判明し、本実験では細胞培養加圧装置下で2日間培養して比較検討を行うことを決定した。網膜組織培養において2cm(常圧)、20cm(正常眼圧)、50cm(高眼圧)水柱圧を負荷し、ウエスタンブロット法によりLCN2の発現量を調べたところ、50cm水柱圧下ではLCN2の蛋白質量は有意に高かった。免疫組織染色により網膜組織中のLCN2の局在を調べたところLCN2は主に神経節細胞層に局在していることが分かった。TUNEL法により網膜神経節細胞のアポトーシス率を、GFAPの免疫染色によりグリオーシスの度合いを算出したところ、50cm水柱圧負荷により両パラメータとも上昇していた。50cm水柱圧の培養液中に鉄イオンのキレート剤であるDFOを添加して網膜への影響を調べたところ、LCN2の蛋白質量は減少し、アポトーシス細胞死およびグリオーシスも改善した。最後に高眼圧性緑内障モデルであるDBA/2Jマウスにおいて、眼圧上昇に伴うLCN2発現亢進を確認した。
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今後の研究の推進方策 |
LCN2の発現上昇に至る発現誘導機構として、まず網膜組織においてどの細胞種(神経細胞またはグリア細胞)が圧変化を感知してLCN2を産生しているかを同定する。また、網膜に発現する圧感作性の受容体はいくつかの候補分子が報告されており、これらを標的に神経節細胞層での発現の有無を確認して候補受容体を絞り込んでいく。候補受容体の阻害剤または活性化剤と細胞培養加圧装置との組み合わせにより、LCN2発現変化との関連を調査する。LCN2高発現によって活性化する情報伝達経路については既に有力な経路が複数明らかになっているので、これら関連分子の発現変化を高圧負荷網膜において調査する。 もう一つの仮説:神経接着分子CADM1の酵素的切断産物の蓄積による神経軸索変性の検証は現在共同研究を立ち上げて分析を開始している。既にモデルペプチドでは仮説を肯定する結果が得られており、現在モデル細胞を構築して圧負荷によるCADM1の酵素的切断産物の構造変化が分析可能か調査中である。肯定的な結果が得られた場合は、実験的に圧負荷した組織や生体モデル由来の組織中での分析へと応用していく予定である。同時にCADM1の酵素的切断産物の構造変化の簡便な同定を目指して特異抗体を作製して、病理標本を用いた解析などへの応用を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度末において全額使用する予定であったが、購入予定の物品が試算額より安価で入手できたため、未使用額が生じた。
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