研究課題
サルコペニア(骨格筋量と筋力の低下)は、慢性肝疾患患者の予後やQOLを悪化させる。また肥満や内臓脂肪の増加は、肝発癌のリスク因子である。本研究は、体組成の違いによって惹起される様々な分子異常が肝臓の病態に及ぼす影響を明らかにすることで、体組成解析を基盤とする全く新しい慢性肝疾患に対する包括的治療法を開発することを目標とする。本年度の研究実績を以下に示す。本邦における非ウイルス性肝細胞癌(HCC)の全国調査に協力し、肥満や糖尿病、特にアルコール多飲を背景とするHCCが増加していることを報告した(J Gastroenterol. 2019)。初発HCC根治的治療後症例を長期間観察し、インスリン抵抗性(HOMA-IR 2.3以上)が治療後再発の規定因子であることを明らかにした(Int J Mol Sci. 2019)。肥満や内臓脂肪の増加はインスリン抵抗性と密接に関連しており、HCCの発症・再発を抑制する上で注意すべき病態であると考えられた。肝硬変患者の体組成と骨格筋量および筋力を評価し、握力の低下が同患者の予後を規定すること(Hepatol Res. 2019)、また肝硬変の腹水・浮腫の治療として用いられているループ利尿剤が、骨格筋量に減少を促進し同患者の予後を悪化させることを明らかにした(Hepatol Res. 2019)。さらに、肝硬変患者に栄養・代謝をサポートしサルコペニア対策としても注目されている分岐鎖アミノ酸(BCAA)の就寝前投与が、同患者の長期予後を改善することを報告した(J Clin Med. 2020)。これらの報告は、骨格筋量や筋力の維持が肝硬変患者の予後改善に繋がる可能性を示唆するものである。
2: おおむね順調に進展している
臨床研究に関しては、当院および関連病院で構築されている慢性肝疾患・肝硬変患者データベース(DB)の拡充・解析を行うことで、順調な進捗状況であると考える。特に脂肪量に関しては、内臓脂肪量と皮下脂肪量に分けて解析することで、いくつかの興味深い知見が得られつつある。さらに骨代謝に関するデータ集積(骨密度、海綿骨構造指標、ビタミンDなど)も同時に進めており、肝・骨格筋・(内臓・皮下)脂肪・骨間の臓器連関に基づいた慢性肝疾患の病態解析を行っている。肝硬変とsarcopeniaの関連に、「adipopenia」や「osteopenia」の基盤研究を加えることで、本研究のテーマである「慢性肝疾患患者の包括的治療戦略」がみえてくる可能性が高い。「肝硬変診療ガイドライン」や「肝疾患におけるサルコペニア判定基準」の改定にも寄与するDBとして、引き続き充実をはかる。基礎研究に関しては、動物(indoleamine 2,3-dioxygenase KO マウスを含む)および筋細胞を用いたメタボローム解析にて、トリプトファンの代謝経路が骨格筋萎縮の抑制において重要な標的である可能性を明らかにした(Nutrients. 2020)。本モデルにて網羅的解析系が樹立できたため、基礎研究に関してもさらなる進展が期待できるようになった。現在、老化促進マウス(SAMP)を用いてNASH誘発食給餌による肝および骨格筋への影響について解析を進めているが、同モデルは骨格筋の萎縮・減少とともに肝臓の線維化、炎症、脂肪蓄積を認める「新規肝硬変サルコペニアモデル」である。同モデルを詳細に解析することで、肝硬変・肝不全・肝発癌とサルコペニアの発症・進行における「老化」の役割が明らかになることも期待できる。
臨床研究に関しては、引き続き慢性肝疾患・肝硬変患者DBを拡充・解析することで、(肥満合併)肝硬変サルコペニアやHCC患者の予後やQOL、さらには病態を規定する新規biomarker・臨床的因子を探索していく。特にQOLに関しては、未だその病態や診断・治療法について検討が十分に進んでいないミニマル肝性脳症(J Gastroenterol Hepatol. 2019)や骨病変(骨折・骨粗鬆症など)に注目し解析していく。また基礎研究でスクリーニングされた分子異常が、同DBの保存臨床検体でも観察されるか比較検討する。肝硬変、特に肝性脳症の治療薬(BCAA、リファキシミン、カルニチン、亜鉛など)やHCCの化学療法が骨格筋量や握力、脂肪量に及ぼす影響も検討する。肝硬変サルコペニアに対し有効性が期待される薬剤に関しては、長期効果および候補biomarkerの推移を観察するための前向き臨床介入試験の準備を進める。基礎研究に関しては、特にSAMP/NASH誘発食による「新規肝硬変サルコペニアモデル」の骨格筋、肝、脂肪におけるメタボローム解析や各種array解析をすすめ、(肥満合併)肝硬変サルコペニアの発症・進展を制御する候補分子を探索し、発現の変化が認められた分子に関しては機能解析を行う(特に予備実験の結果に基づき、トリプトファン代謝とユビキチンリガーゼに注目していく)。さらに動物モデルや培養モデルに対してBCAA製剤や肝硬変の新規治療薬、生活習慣病治療薬の投与・処理を行い、標的分子の発現・変化・機能に影響が認められるか検討する。基礎研究の成果に関しては、臨床DBに速やかにfeedbackする。
今年度は実験の準備段階であり、来年度より本格稼働するため、実験器具・試薬の購入費増加が予想される。従って翌年度への繰り越しが生じた。 また成果発表の為、国際学会ならびに国内学会での発表旅費が考えられる。
すべて 2019
すべて 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 5件、 オープンアクセス 5件) 学会発表 (6件)
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巻: 11 ページ: 1206
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