研究課題/領域番号 |
19K08664
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
川田 一郎 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 講師 (00327503)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 悪性胸膜中皮腫 / オルガノイド / 薬剤感受性 / Precision medicine |
研究実績の概要 |
本研究は、予後の厳しい悪性胸膜中皮腫(malignant pleural mesothelioma; MPM)患者への新たな治療薬と個別化治療への臨床応用を目的としている。従来のMPM研究モデルは汎用されている細胞株を用いたものであり、生体内の生理的反応を必ずしも反映しているとは言えず、それは新たな知見を臨床応用する際の障壁となっている。有効な臨床応用モデルの確立が必要であり、申請者らは、3次元的にin vitroでつくられた臓器であるオルガノイドを用いたMPMモデルの樹立にすでに成功している。 【MPM細胞株及びオルガノイドの樹立】 肺癌患者肺および腫瘍組織からのリビングバンクの構築と、これらを用いた約60例の肺癌オルガノイドの作成の経験を元に、MPM及び正常肺において、オルガノイドの樹立の作成と蓄積を試みている。MPMの手術検体、胸水などから診断の時点で細胞株またはオルガノイドを樹立した。 【MPM細胞オルガノイドモデルにおける薬剤感受性の検討】 オルガノイドにおいて薬剤感受性検査を開始しており、二次元培養モデルを用いた薬剤感受性試験とも一致する良好な成績が得られつつある。MPM患者からのオルガノイド作成が確実なものとなれば、実臨床に近い形での薬剤感受性の評価が可能となり、オルガノイドを用いた患者毎の最適な治療の選択はPrecision medicineに近づくと考える。 【分子シグナル伝達経路を標的とした新たな癌治療の探索】 申請者らは、MPMにおいて、具体的な分子治療標的として、MET阻害剤, PI3K/mTOR二重阻害剤、更にこれらの同時併用による三重経路阻害のMPMに対する有効性を、前臨床試験において確認している。しかし、これらの成果は2次元培養モデルにおいてであった。同様な結果がオルガノイドによってもたらされるかどうかの検証も開始している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
【MPM細胞株及びオルガノイドの樹立】 MPMオルガノイド樹立は現在まで10例の樹立に成功している。MPM患者の数は肺癌に比較して症例数が非常に少なく、集積に労力を要する。肺癌オルガノイドの樹立成功率は約90 %程度と高いが、悪性中皮腫においては、約50%と低く、樹立効率を高める必要がある。MPMは胸膜の中皮細胞(胸膜腔の表面を覆う、中胚葉由来の扁平上皮細胞)から発生する悪性腫瘍であり、内胚葉を発生母地とする肺癌とは培養条件が異なる可能性が高い。オルガノイドの培養条件の検討が非常に重要となっており、現時点でこの培養条件の調整にエフォートを注いでいる。オルガノイド培養条件の確立のためには、MPM患者の集積が必要となる。MPM患者は今後増加すると予測されるが、肺癌患者に比べ、希少疾患である。MPMは希少疾患であることから治験においては予定症例数の確保が一番のハードルである。希少疾患である中皮腫に対する臨床研究の促進を目的とした、被験者リクルートを効率的に行うため、複数の医療機関と提携し、十分な倫理審査のもと、当施設への患者紹介の推進や、共同施設での検体採取方法を検討している。 【MPM細胞オルガノイドモデルにおける薬剤感受性の検討】 同一患者検体由来のオルガノイドモデルと二次細胞株モデルにおいて、薬剤投与量は異なるものの、薬剤感受性の傾向がおおむね一致している。確認のため、症例集積を行っている。オルガノイドは数日程度で作成可能であり、この手法が確立されれば、患者が生存している間にオルガノイドを用いて薬剤耐性化機序を解明することができ、そこで得られた知見を患者に還元できるシステムが構築できる可能性がある。後5~20例程度の検証を予定している。
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今後の研究の推進方策 |
【MPM細胞株及びオルガノイドの樹立】 症例集積を継続しながら、同時に同一患者においての、治療前後の臨床検体でのオルガノイド樹立を行う。MPM患者において、治療後のMPMの増大を認めた場合、再生検し細胞株またはオルガノイドを作成する。同一患者から各タイムポイントでオルガノイドを樹立する事で、腫瘍の分子進化による薬剤感受性動態を生物学的かつ継時的に把握することが可能となる。 【分子シグナル伝達経路を標的とした新たな癌治療の探索】 樹立したMPMオルガノイドよりゲノムDNA, RNAを抽出し次世代シークエンサーによる網羅的遺伝子解析より全エクソーム解析、RNAシークエンシングを行う。全エクソーム解析に関してはMPMオルガノイドと血液のシーケンス結果から体細胞変異、遺伝子増幅を同定する。特にMPMで高発現を認めるチロシンキナーゼ型受容体のMETにも注目して解析する。実際同一患者由来の細胞を用いて化学療法前と耐性化後での網羅的遺伝子解析比較を検証した報告は今までにない。実臨床で有効な治療法が確立していない再発MPMに対する有効な治療解明につながる可能性がある。 【ヒトMPM細胞株、オルガノイドを用いたマウスモデルでの検証】 上記で得た知見をもとにマウス異種移植片モデル(ヒトMPM細胞株、オルガノイド)による腫瘍増殖速度の評価、薬剤感受性の評価を行い、オルガノイドとの比較を行う。 【実臨床におけるMET遺伝子異常の発現と予後の確認】 MPM患者の予後と、腫瘍組織における遺伝子異常の発現の探索(特にMET遺伝子発現など)と相関については、症例数はまだ少なく、今後の蓄積が必要である。MET発現、METリン酸化、MET下流シグナル、クロストーク関連蛋白の発現を確認し、実臨床で標的となりうる遺伝子、蛋白を臨床検体にて確認する。
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