研究課題
腎線維化は細胞外基質が過剰蓄積し、組織の硬化に伴い腎機能が失われる疾患である。病態初期では、尿細管上皮細胞の細胞死および部分的な上皮間葉転換(EMT)の誘導が病態形成の起点として考えられている。これまでの研究により、皮膚型のタンパク質架橋酵素トランスグルタミナーゼ(TG1)が尿細管上皮細胞で顕著に活性化し、同酵素が細胞死や尿細管上皮細胞のEMTに関わることを見出した。これらの分子機構解明を目的として、本年度は以下の3つの点について実験を実施した。① 尿細管上皮細胞株HK-2を播種し、TG1特異的なsiRNAを導入後にTGF-βもしくはH2O2処理を行い、EMTや細胞死の程度について検討した。TGF-β処理によりタイトジャンクション構成蛋白質のClaudin-1は有意に減少したが、TG1の発現抑制下ではその発現減少はより顕著に亢進した。TGF-β処理により発現増加するFibronectin やVimentinについては、TG1の発現抑制により発現量の抑制が見られた。一方、H2O2処理による細胞死誘導の程度は、TG1の発現抑制により低下した。② TGF-βやH2O2処理したHK-2に架橋酵素のリジン残基側の基質であるビオチン標識一級アミンBPAを添加して、EMTや細胞死誘導時においてTG1活性により取り込まれるBPA修飾タンパク質の経時的な変化を検出した。期待していた処理時間依存的なBPA修飾タンパク質の顕著な増加は見られず、既報告の再現が得られなかった。③昨年度作製したTG1f/fマウスをタモキシフェンにより制御可能なCreERT2もしくは尿細管特異的に発現するgGT-Creの変異マウスと掛け合わせを行い、両遺伝子変異マウスを作製した。タモキシフェン投与したTG1f/f:CreERT2マウスは予想に反して、投与後すぐに顕著な体重減少が確認され、1週間以内に死亡した。
2: おおむね順調に進展している
架橋酵素TG1の発現抑制はTGF-βによるE-cadherinおよびClaudin-1の発現低下を亢進し、尿細管上皮細胞の上皮としての性質を低下させ、EMTを促進することが分かったが、相反してTG1の発現抑制は上皮細胞でのFibronectin やVimentinの発現上昇を阻害し、EMTを抑制することが分かった。この作用はTG1の単独抑制では見られず、TGF-βのシグナル依存的な効果であることも併せて検証した。この矛盾はTGF-β処理下において、TG1が上皮細胞保護的な効果を示す一方、細胞外基質産生を介して障害を受けた上皮細胞の修復過程にも関わることを示唆している。ビオチン標識一級アミンBPAを添加した実験では、期待していた処理時間依存的なBPA修飾タンパク質の顕著な増加は見られず、既報告の再現が得られなかったが、この成果を考えて次年度は新たなアプローチでTG1の標的因子を探る。昨年度作製したTG1f/fマウスをさらに掛け合わせ、TG1f/f:CreERT2およびTG1f/f:gGT-Creマウスを作製し、TG1f/f:CreERT2については表現型解析まで進めたことから、当初の計画以上に実験が進展している。このことから全体の研究計画を鑑み、研究の進捗状況を「おおむね順調に進展している」と考えた。
架橋酵素TG1の発現抑制により、なぜE-cadherinおよびClaudin-1の発現低下が誘導されるのか、その分子機構の解析を進める。また相反する現象としてFibronectin やVimentinの発現上昇を阻害することが分かり、これらの標的の上流のパスウェイについても調べていく。これに関する研究に関連して、肺の線維化に関わる上皮細胞では、別の架橋酵素アイソザイムのTG2の発現抑制は顕著にE-cadherinの発現を誘導することを見出している。TG2の発現抑制自体が、TG1の発現抑制を誘導する現象が見られたことから、このような他のアイソザイムの関連についても研究を進める。本年度に新たに作製したTG1f/f:CreERT2およびTG1f/f:gGT-Creマウスについて引き続き表現型解析を行う。タモキシフェン誘導性のTG1欠損マウス(TG1f/f:CreERT2)については、タモキシフェン投与1週間で死亡することから、投与量や投与方法を変えた検証を行うと共に、マウスが死亡する原因を探っていく。尿細管特異的TG1欠損マウス(TG1f/f:CreERT2)については、生理的な表現型解析を行うと共に、尿管結紮による腎線維化を誘導し、その線維化の程度について検証する。これにより、尿細管でのTG1欠損が腎線維化に及ぼす影響を解析できる。
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