研究課題/領域番号 |
19K08689
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
斎藤 輪太郎 慶應義塾大学, 政策・メディア研究科(藤沢), 特任教授 (40348842)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 急性腎障害 / メタボローム |
研究実績の概要 |
2019年度は、研究協力機関である名古屋大学より、61名の尿サンプルの提供を受け、CE-MSを用いて、急性腎障害(以下、AKI)の患者の尿メタボロームの測定および解析を行った。現在、統計解析および機械学習を用いた解析が進行中である。 腎臓は血液中の毒(尿素)を尿に濾過する臓器であり、機能不全を起こすと、生命に関わる。腎臓病患者は我が国に約1300万人いると見積もられているが、この現状に対処すべく、薬剤ターゲットを選定したり、個別化医療を推進するに当たって、遺伝子や代謝物質など、疾患に関わる因子を網羅的に抽出し、疾患の分子メカニズムの全容を解明することが喫緊の課題であり、本研究もそのような目的に沿ったものである。 当該年度に研究協力機関と協議の上、フォーカスしたAKIは、脳や心臓等に侵襲性の高い手術を行った後にしばしば現れる、血中クレアチニン濃度や尿素窒素(BUN)濃度の上昇を伴う腎機能障害である。AKIの発症を正確に予測するのは現状では難しく、新規バイオマーカーの発見による予測精度の向上及び分子メカニズムの解明が課題となっている。そこで、当研究所の強み、すなわち、CE-MSを用いたメタボローム解析技術を活用し、61人分の尿サンプルの測定を完了した。現在測定結果に対し、統計解析や機械学習を行った解析を進めている。その中で、6つの尿中代謝物質に関して、AKIを発症した患者とそうでない患者間で濃度の有意差がある等、興味深い傾向を発見しつつある。 今後は、メタボローム解析結果を代謝経路や細胞内分子間相互作用ネットワークにマッピングし、情報科学を用いて疾患に関連があると予測される分子ネットワークを抽出することが課題である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度は61名の尿サンプルの測定を終え、統計解析を開始。AKIに罹患した患者の尿に特徴的な代謝物質もいくつか特定しており、今後の分子ネットワーク解析を行う準備も整えたため、計画は概ね順調に進展していると考えている。すなわち、2019年度は、CE-MSを用いた計61名、内訳38名のAKI発症者(case)及び23名の非発症者(control)の尿サンプルの測定から始めた。発症者は、さらに、24名の軽度、14名の重度に分類分けされた(KDIGO診断基準に基づく)。各検体の尿採取ポイントは、手術前(Pre)、集中治療室移動直後(ICU0h)、その6時間後(6h)、12時間後(12h)、24時間後(24h)、48時間後(48h)である。尿中代謝物質のうち、当研究所が保有する標準物質を用いた定量の対象となったのは、512物質である。CE-MSより出力されるデータを当研究所が開発し、運用に使用しているプロプライエタリソフト(MasterHands)を用いて解析した。その結果、175個の代謝物質の定量を行うことができた。また、測定結果をソフトウェアを用いて可視化すると、代謝物質らしきもの(ピーク)として観測されるが、どんな代謝物質か、未知なもの132個も観測された。 現在、caseとcontrolの間でこれらの代謝物質の濃度に差があるか、ANOVA等の統計解析及び可視化を行っているところである。現在のところ、24hの時点で、6つの代謝物質に定量値の差が観測されている。さらに0hの時点で、1個の未知物質の濃度に差が観測された。そして、LASSO(機械学習の手法の1つ)を用いたcaseの予測にも取り組んでいる。現在のところ、Pre~12hの尿中メタボロームのプロファイルを用いた場合、caseの予測精度は80%を超えることもあるが、頑強な予測を行うためには、今後改良・検証が必要となる。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度の61名の尿メタボローム測定(以下、「初期サンプル」)の結果の統計解析・機械学習等による解析を引き続き行い、より妥当な結果を得ることを目指す。例えば、年齢・性別・手術時間・手術部位等が代謝物質量に与える影響を考慮した解析を行う。同時に決定木等、LASSO以外の機械学習の手法も活用し、パラメータチューニングを行って精度を高める。 そして、2020年度は約60名の追加サンプルの測定・解析を行う(以下、「追加サンプル」)。当初の計画の多くは情報解析に関するものがほとんどで、新規検体の測定については、ほとんど織り込んでいなかったが、研究協力機関との協議で、AKIの新規サンプル解析(初期サンプル + 追加サンプル)の機会に恵まれたため、2020年度の計画の中に入れる。すなわち、初期サンプルの解析で得られた統計解析の結果、ならびに機械学習の結果が頑強であるかどうか、追加サンプルを用いて検証する。 並行して、腎臓組織内細胞を反映した分子間相互作用ネットワークの構築を行う。腎臓組織の中でも、特にオミクス研究が進んでいる糸球体、尿細管にフォーカスする。公共データベースで公開されている腎臓組織中の遺伝子発現データやプロテオームデータ等のオミクスデータ、文献情報等を活用し、腎臓細胞の中で起こる分子メカニズムを一定の精度で反映する程度に分子ネットワークを構築する(Greene CS et al. Nature Genet 2015)。最終的にはここにメタボローム解析結果をマッピングし、情報科学を用いて疾患に関連があると予測される分子ネットワークを抽出した後、その妥当性を検証し、疾患の分子メカニズムを推定することが課題である。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究協力機関との定期的な打ち合わせのために、多額の旅費(航空費・宿泊費)がかかることが当初見積もられた。実際には、旅費は他の資金で賄われたため、差額が生じた。この残った予算については、計算環境の強化のための物品購入(SSDやHDD, GPU等の周辺機器・部品、ラックマウントサーバ、高性能ラップトップ、ソフトウェア等)に充てる予定である。
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