生体を覆う臓器である皮膚の細胞システムの恒常性は、外界からの物理的・化学的侵襲、外来異物による刺激が加わるたびに撹乱される。特に、慢性炎症によって常態化した恒常性の撹乱状態は、やがて細胞の疲弊や老化をもたらすものと考えられている。細胞が疲弊・老化する過程では、代謝やエピゲノムの変化が誘導されることが明らかになっているが、皮膚のような臓器の個々の細胞が慢性的な炎症状態にある場合、どのような変化が起こるのかについては現時点で不明な点が多く残されている。そこで本研究は、皮膚炎症の慢性化に伴う代謝やエピゲノムの変化、それらがもたらす増殖や分化を通して、細胞の老化形質の獲得との関連性を明らかにすることを目的として遂行してきた。 2年間の研究で、アレルギー性皮膚炎実験モデル・光老化実験モデルを用いて「恒常性の乱れが慢性化した状態」を再現し、増殖・分化・細胞老化におけるヒストンH3K4メチル化因子との関連性を検討してきた。しかし、増殖や細胞老化を解析するには別の実験的アプローチも含めた検討が必要との結論に至った。そこで最終年度は、急激な細胞増殖を惹起する乾癬実験モデル、老化細胞が検出できる老齢マウスの解析を追加導入し、研究目的の達成を目指した。その結果、乾癬様皮膚炎を発症した表皮特異的ヒストンH3K4メチル化因子欠損マウスの表皮では、基底層にある増殖期のケラチノサイトの存在頻度が低下し、多層な表皮構造を担う各種構造分子の規則的発現が乱されることが明らかとなった。また、老齢マウスの表皮では、ヒストンH3K4メチル化因子の発現低下が起こっていた。さらに、表皮特異的ヒストンH3K4メチル化因子欠損マウスの表皮では、抗原塗布に伴って増加するGLUTの発現増加が起こらないことから、ヒストンH3K4メチル化因子の発現は、抗原刺激に伴って活発化する解糖系代謝にも一定の役割を担っていることが示唆された。
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