研究課題/領域番号 |
19K08833
|
研究機関 | 山梨大学 |
研究代表者 |
赤羽 弘資 山梨大学, 大学院総合研究部, 助教 (90377531)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | 急性リンパ性白血病 / TP53変異 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、TP53変異がB前駆細胞型急性リンパ性白血病(BCP-ALL)の薬剤耐性に与える影響を解析し、予後不良なTP53変異陽性BCP-ALLに対する新たな治療戦略を開発・発展させることである。本年度は、CRISPR/Cas9によるゲノム編集技術を用いて、TP53野生型のヒトBCP-ALL細胞株からTP53変異クローンを作成し、TP53変異が個々の抗がん剤感受性に与える影響を解析した。 TP53遺伝子では機能喪失型変異のホットスポットがDNA結合ドメイン内に存在しており、これらの変異は予後不良なlow-haplodiploidのBCP-ALL症例でも検出されている。そこで、これらのTP53変異のホットスポット(F109、E221、R248)近傍を特異的に認識して切断するCRISPR/Cas9を設計して、TP53野生型のヒトBCP-ALL細胞株(697細胞とNalm6細胞)にelectroporation法で導入した。こうしたCRISPR/Cas9による変異(ノックアウト)の誘導でTP53機能が失活した細胞を選別するために、MDM2阻害剤であるNutlin-3aを使用した。Nutlin-3a (20uM)添加から数週間後に得られたNutlin-3a耐性クローンをシークエンス解析したところ、TP53遺伝子の標的部位近傍にランダムな塩基の挿入・欠失が確認された。次に、樹立したTP53変異(ノックアウト)クローンの各種抗がん剤に対する感受性を親株と比較したところ、デキサメサゾンに対しては同程度の感受性を示したが、ビンクリスチン、ダウノルビシンおよびシタラビンに対しては耐性傾向を示した。これらの結果から、TP53変異はBCP-ALLにおいて複数の抗がん剤に対する耐性を誘導することで予後不良と関連している可能性が示唆された。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでの解析で、我々は、CRISPR/Cas9によるゲノム編集技術を用いて、TP53野生型のヒトBCP-ALL細胞株からTP53変異(ノックアウト)クローンの作成を試みた。作成したクローンはMDM2阻害剤の存在下で選択的に増殖したことからTP53機能が失活しており、実際にTP53遺伝子の標的部位近傍にランダムな塩基の挿入・欠失が確認されたことから、目的とするTP53変異(ノックアウト)クローンが得られたと考えられた。さらに、我々は、ヒトBCP-ALL細胞株においてTP53変異の導入が複数の抗がん剤に対する耐性を誘導することを確認した。これらの結果は、TP53変異が予後不良なlow-haplodiploid ALLの背景因子であるだけでなく、BCP-ALLの薬剤耐性や予後不良にも関与している可能性を示唆している。今後は、樹立したTP53変異クローンの抗がん剤耐性の機序を解明するとともに、本研究の最終目標であるTP53変異陽性BCP-ALLの予後不良を克服する新たな治療戦略の開発を目指す。
|
今後の研究の推進方策 |
(1)樹立したTP53変異クローンの分子生物学的解析 これまでの研究で得られたヒトBCP-ALL細胞株のTP53変異クローンは、CRISPR/Cas9システムにより切断された二本鎖DNAが非相同末端再結合(NHEJ)による修復の過程でランダムに塩基の挿入・欠失が生じたHeterogenousな細胞集団である。これらの細胞は、MDM2阻害剤の存在下で選択的に増殖したことからTP53機能が失活していると考えられるが、個々の細胞がどのようなTP53遺伝子の異常を有しているのかは不明である。そこで、樹立した変異導入クローンにおけるTP53遺伝子異常を詳細に検討するために、シングルセルRNA-seq解析を実施する。 (2)TP53変異陽性BCP-ALLに対する治療戦略の開発 TP53変異を高率に有するlow-haplodiploid(染色体数32~39本)のBCP-ALL細胞ではRas-MAPK経路やPI3K-AKT経路が恒常的に活性化されており、これらの白血病はPI3K阻害剤に感受性を示すことが報告されている。また、low-haplodiploidを含む低二倍体(染色体数44本以下)のBCP-ALLに対して抗アポトーシス蛋白であるBCL2の阻害剤が有効であると最近報告されており、予後不良な低二倍体陽性BCP-ALLに対する有望な治療として期待されている。そこで、これまでの研究で樹立されたTP53変異クローンにおけるシグナル伝達経路の活性化状態やBCL2の発現レベルを親株と比較することによって、TP53変異がもたらす影響を直接的に検証する。さらに、上記のシグナル伝達経路やBCL2に対する阻害剤の感受性と既存の抗がん剤との併用効果をTP53変異クローンで検討し、TP53変異陽性BCP-ALLに対する有効な治療戦略の開発を目指す。
|
次年度使用額が生じた理由 |
本解析の大部分は、研究室および実験機器センターの既存の設備で解析が可能であるため、実際には細胞株の維持やCRISPR/Cas9システムを用いたTP53遺伝子変異クローンの樹立、薬剤感受性試験にかかる消耗品購入費用が研究経費の大部分を占めた。今後予定している解析の研究経費に関しても、同様に消耗品の購入費用が大半を占める。消耗品のうち最も経費を要するのが白血病細胞の培養系で、牛胎児血清とサイトカインのためにそれぞれ40万円、培養容器のために10万円を計上した。また、TP53変異クローンとその親株におけるシグナル伝達経路の活性化状態や抗アポトーシス蛋白の発現を確認するためにウェスタンブロット解析を行うが、その解析で用いる抗体を購入するために20万円を計上した。さらに、薬剤感受性試験で用いる分子標的薬や抗がん剤の購入費用として20万円、薬剤感受性試験の試薬として10万円を計上した。
|