研究課題
成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)は、欧米と比べ日本に多い血液がんの一種であり、予後不良な疾患である。本研究ではATLに対する新規治療法の開発を目的としている。Methylthioadenosine phosphorylase(MTAP)遺伝子は、9番染色体単腕(9p21)に位置し、近傍のがん抑制遺伝子CDKN2A 遺伝子とともに様々な悪性腫瘍で欠損が報告されている。ATLにおいても、一部の患者でMTAP 遺伝子の欠損や、MTAP mRNA発現低下を認めることが知られている。最近、MTAP 遺伝子欠損腫瘍細胞における治療標的としてProtein arginine methyltransferase 5(PRMT5)が同定された。PRMT5は腫瘍細胞の生存や増殖に関わる分子であることが報告されており、すでに他がん種に対してPRMT5阻害剤の有効性が報告され、臨床応用が進められている。本研究では、ATLに対するPRMT5阻害薬の効果を検証するとともに、その作用機序を解明し、PRMT5阻害薬の効果とMTAP欠損の関連の検証や、PRMT5阻害薬の標的分子の同定により、ATLに対する新規治療開発を目標としている。2019年度の研究ではATL細胞株を用いた検討を行い、PRMT5阻害薬によって、細胞死の誘導や細胞周期の抑制がおこり、ATL細胞の増殖が抑制されることを確認した。さらに、網羅的な遺伝子発現解析を行い、PRMT5によるATL細胞の増殖抑制効果に関して、既報の標的分子やパスウェイの関与の検証や、新規の標的分子同定のための基礎データを収集した。今後は、PRMT5阻害によるATL細胞の増殖抑制効果とMTAP欠損との関連、および新規の標的分子の同定など、PRMT5阻害によるATL細胞の増殖抑制の分子機構についてさらに解析を進め、ATLに対する新規治療法の開発を目指す。
3: やや遅れている
2019年度は、ATL患者由来細胞株を用いた実験により、(1)PRMT5阻害によるATL細胞増殖抑制効果の検証と、(2)その分子機序の解析、(3)MTAP発現との関連の検証を並行して進めることを目標として研究を行った。まず、(1)PRMT5阻害によるATL細胞に対する効果の検証では、我々が既に確立していたATL由来患者細胞株を用いた治療薬候補薬のスクリーニング系を用いて検討を行い、PRMT5阻害薬によるATL細胞の増殖抑制効果を確認した。さらに、(2) その分子機序の解明のために、まず(a)細胞増殖抑制機序の解析を行い、細胞回転周期の変化、およびapoptosis誘導効果が関与していることを確認した。PRMT5阻害による増殖抑制の分子機序を解明するために、トランスクリプトーム解析を行い、いくつかの有望なパスウェイを抽出した。すでに、いくつかの有望な候補分子については、定量PCRとウエスタンブロット法を用いた検討を行い、トランスクリプトーム解析の結果の検証を行っている。一方で、(3)MTAPの発現レベルとPRMT5の効果の関連については、mRNA/タンパク両方のレベルでの検証を進める方針としているが、まだ十分な検討が行えていない。MTAPの定量PCRおよびウエスタンブロット法の実験系についてはすでに確立したため、今後実験を進める方針である。(1)、(2)の一部については、すでに我々の研究室で実験系が確立していたため、スムーズに進捗したが、 (3)のウエスタンブロットについては、十分な予備実験を行うために予定より多くの時間を要し、進捗がやや遅れる原因となった。
2019年度の研究で、PRMT5阻害薬のATLに対する有効性を確認することができたため、ATLに対する新規治療法の開発を目指して引き続き研究を推進する。PRMT5阻害剤処理によるATL細胞の増殖抑制の分子機序については、トランスクリプトーム解析の結果をふまえ、とくに転写調節にかかわる分子機構の関与について詳細を検討するためにChip-Seqアッセイを行う予定としている。Chip-Seqアッセイについては、すでに予備的な検討を始めているが、実験系がまだ不安定なことが今後の研究の進捗の課題である。そのため、検体採取時期の設定、検体処理方法の最適化など、実際の解析実施に向けて条件設定の最適化を行う。さらに、網羅的解析と並行して、ATLにおける分子標的として既に報告されている分子について、PRMT5阻害薬による抗ATL作用との関わりの有無を個別に検討を進めていく。トランスクリプトーム解析の結果の検証を兼ねて、いくつかの候補分子については、2019年度にすでに定量PCRやウエスタンブロットを用いた検討を進めているが、さらに、PRMT5の抗ATL作用における重要性を検討するために、ATL細胞株を用いて、阻害剤やノックダウン法を用いた検証を進めることも検討する。MTAPの発現レベルとPRMT5の効果の関連に関する検討については、2019年度に予定していたmRNA・タンパク両方のレベルでの検討を引き続き進めるとともに、MTAP発現抑制/強制発現によるPRMT5阻害剤感受性の変化の検討を行う。さらに、臨床検体を用いた研究につなげるため、患者由来ATL検体の収集を進める。
研究は概ね予定通りに進捗しているが、実験を進める手順を当初予定していたものから若干の修正している項目や、計画していた実験を十分に進める事ができない項目を認めた。まず、PRMT5阻害薬によるATL細胞株の増殖抑制効果およびトランプクリプトーム解析については、2019年度に少数の細胞株で研究を開始し実験系が有効に働くことを確認した。一方で、十分な種類の細胞株については検討を行う事ができなかったため、次年度使用分を使用して、細胞株の数を増やして追加検討を行う。MTAPの発現とPRMT5阻害薬の効果の関連に関する検討も、MTAPの発現レベルの検討に関する実験系の確立に時間を要しており、2019年度中に十分な検討を実施することができなかった。次年度使用分を用いてウエスタンブロットの抗体・試薬を追加購入して条件設定を行い、MTAPの発現を検討するための実験について系を確立し、MTAPの発現とPRMT5阻害薬の効果の関連に関してデータ収集を行う。その上で、2020年度の研究費を用いて、MTAP発現抑制によるPRMT5阻害薬の感受性の変化に関する検討を行う。さらに、2020年度はChip-Seqアッセイの実施を行うために研究費を重点的に配分し、条件の最適化など実験系の確立、データ収集・解析を進める。
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